第1章 あほの坂田(となりの坂田)
彼を思い浮かぶとドクドクと心臓が高鳴る。
どうして、今坂田さんのことなんて思い浮かんじゃったんだろ。
沸き立つ感情に戸惑いを感じながら、私はソッとそれに蓋をした。自分の気持ちを見て見ぬふりをしながら、目の前の報告書に意識を集中させることにした。
※※※
次の日。彼女の記載を参考にとある一軒家へと到着する。今回は予定よりも随分と早く着いてしまった。
昨日のようにヘマしてはいけない、と焦りながら早め早めで行動したおかげだ。しかしあまり早過ぎてもよくなかっただろうか?
恐る恐るインターホンを鳴らせば「はぁーい。今出ます」と高い女の人の声が返ってきた。
扉が開かれれば、少し疲れた表情をしたスーツ姿の女性。年は40代くらいだろうか?
「はじめまして。pro家政婦紹介所から来ました。柳田です。今日はじめて担当させていただきます。予定よりだいぶ早く来てしまってすみません」
勢いよくまくしたて、思い切り頭を下げる。
「あらぁ。こんな若くて可愛い家政婦さんが来てくれるのねぇ」
柔らかい声にホッとして顔を上げた。事前に渡された書類によると、どうやらこの出迎えてくれた女性が依頼主の方らしい。
A4サイズがすっぽり入る大きめなビジネスバックが玄関先にポツンと置いてあるのが目についた。
「ちょうど今仕事に出かけるところだったの。いつもの人だと時間ギリギリに来るみたいでいきあえた事がなかったのよねぇ。あなたはこの時間に来てくれるのねぇ。助かるわぁ」
いつもの人、とは昨日私が会った彼女のことだろう。彼女があの後作成して渡してくれた書類の中にはここまでの地図がわかりやすく丁寧に書かれていた。今回、自分が遅刻をしなかったのは半ばこの地図のおかげでもあるのだ。
「今までの人はこの前にも一件、仕事が入っている方だったので。私は今日はここしか仕事が入ってないので時間の融通がきくんです」
彼女の名誉のためにもそう説明を加えれば「そう」と対して興味もなさげに目の前の女性は相槌を打った。