第1章 あほの坂田(となりの坂田)
「明日香澄ちゃんが行くところ、何回か私も行ったことあるから詳しく何すれば良いかとか書いておくね。家の地図も、わかりやすい目印記入しとく」
「あ…ありがとぉ〜!」
この彼女、研修の時もなにかと私のフォローをしてくれた。
そして、私とは違って唯一家政婦の方の仕事専用で雇われた子らしい。つまりは夜の仕事には携わる予定がない、ということなのだ。
外見も、女優やアイドル並みに顔が整った子が多い中、彼女だけは自然体で素朴な顔立ちをしている。
商品として作られたものではなく、天然の可愛さ。
人形のような大きな目ではないけれど、優しい眼差し。
外人のようなスラリとした鼻ではないけれど、親しみの感じる小さな鼻。
モデルのようなシャープな輪郭ではないけれど、子供のようなふっくらした頬。
「実はね、私もね。夜の仕事、やろうかなって思ってるの」
「え!?え?なんで?」
思わず聞き返した。彼女のした決断はなんとも彼女らしくない選択だと思ったからだ。
「向いてない…よね」
向いているかいないかというよりもわざわざ真っ当な道を歩めている人が踏み込む世界ではない、という解釈の仕方の方が正しい気がした。
相応しくない。どうしてわざわざ、こんな泥まみれな場所へ歩みを進めようとするのだろうか?
彼女ほど器用な人だったなら、どこにだって就職できるし上手くやっていけるだろうに。
どこに行ったって厄介者扱いされる、見た目だけしか取り柄のない自分みたいな人種とは違うのだ。
「私はね、見てみたいと思ったの。ここにいるみんなが夢みる、シンデレラストーリー。嘘みたいな、少女漫画みたいなその夢を一緒に追いかけてみたい。必死に死ぬ気で、1人の人に。溺れるような恋がしたい」
仕事面ではしっかりと業務をこなす印象のある彼女だが、今はまるで地に足がついていない。フワフワした、子供じみた思考。
そんな、良いものでもないと思うけど…。
口もとまででかかったその言葉をグッと飲み込んだ。
客相手に本気になって良いことなんて一つもない。どうせ、実らぬ恋じゃないか。
そう、心の中で呟いた時。ふと坂田さんの優しい笑みが脳裏に浮かんだ。
あたたかなそよ風と共に一斉に咲き誇る、美しい桜のような。沢山の人を魅了して、自然と笑顔にしてくれる人。