第1章 あほの坂田(となりの坂田)
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「ただいま帰りましたぁ」
「遅い!柳田!さっさとこっちへこい!!」
次の日の夕方、全ての仕事を終えて事務所へと戻れば、まるで般若の如く怒り狂った課長が姿をみせた。
これは、実に嫌な予感しかしない。
「…はい」
「お前、今なんで俺に呼び出されてるかわかるか?」
「………心当たりがありすぎて」
私がそう答えれば深い深いため息を上司は吐き出す。
「お前が今日、訪問した一件目。仕事のペースが遅い。頼んだ仕事の半分も終わらせてもらえなかった。毎回こんなんではまいってしまう…という苦情が入った」
「あの、そのお宅、ものがめちゃくちゃ散乱していて必要なモノを探したり片付けたりしているとどんどん、どんどん時間が…」
「次!二件目!モノの置き場所が変わっていた。同じ所にキチンと戻してほしい」
「それは…すみません。置き場所がどこだったか忘れちゃって…」
「最後!二十分遅刻してきた。どうなってるんだ!と怒鳴り込みの苦情がきた」
「ちょっと道が分かりづらくて、あちこち探しているうちに迷子になっちゃって…」
「言い訳をするな!!」
「す、すみません!」
はぁー、と再び盛大にため息をついた課長はイラつきが収まらないというように激しく貧乏ゆすりをはじめた。
「もうおまえには今日の三件はいかせられん。明日からは別の家に行ってもらうから、次こそはちゃんとやってくれよ?頼むから!」
「…はい。すみませんでした」
最後にまた大きなため息をついて課長はデスクから立ち上がった。乱暴にタバコを握りしめると早足で事務所を出て行ってしまう。
「大変だったみたいだね。お疲れ様」
デスクで項垂れながら今日の報告書を書き始めた私の視界に紙コップに注がれたカフェオレが現れた。
声の主を見上げれば、同じく今年ここに入ってきた同期の彼女の顔が姿をみせる。