第2章 センラ
洗面所にて一緒にハブラシをすれば、じっとりと視線を送ってみる。そんな私と目があうと、不思議そうな顔をして小さく首を傾げた。
凛々しく端整な顔立ちをしているのに、なぜこんな時だけ愛らしくなるのか?これでは、言いたい事なんて何も言えなくなってしまう。
少し不機嫌な面のままうがいをすませる。寝室へと向かおうとした私の手首を彼の手が掴んだ。
「香澄、こっちむいてみぃ?」
名前を呼ばれて振り向くと軽くキスをされる。反動で顔を上げればもう一度、唇が重なった。
「香澄はすーぐ、機嫌なおるなぁ。もう顔真っ赤やん」
「どうして、最後までしてくれないんですか?」
寝室まで誘われるように手を引かれたまま、彼にずっと問いたかったことをなげかけた。
「俺とねる時はちゃんと金取ったほうがえぇよ。俺に限らず、やけど。タダでなんてやらせんで。自分の体、軽く扱わんほうが」
「軽くなんて!」
彼の言葉途中で声を荒げた。
「私は!センラさんがッ!?」
遮るように、センラさんの手によって口を覆われる。
好き、と言いかけた私に。言ってくれるなと拒絶されたような気がした。
売女が客相手に本気の恋なんて、してはいけなかったのだ。
沈む、塞ぎ込む自分を布団に潜らせて、センラさんは寝室から出ようと足が遠ざかる。
「一人だと、怖い」
最後の足掻き。精一杯のわがままだ。自分の気持ちすら、言わせてくれない彼に向けて。私ができる唯一の猛攻。
「だから、一緒に眠って。隣にいるだけでいいから!」
私の訴えを聞いて、センラさんは小さなため息をつく。
「わかった。えぇよ」
やった。そう、嬉しく思ったのも束の間。同じベッドへ潜り込んだセンラさんがリモコンで素早く部屋の電気を消した。常夜灯さえない完全な暗闇。近くの自分の手すら見えない。本当に、なにも見えない。
「トイレとか行きたなったら携帯かざして行ってな」
それだけ言うとガサゴソと音をたてたのち、彼の方からは物音一つしなくなった。
素っ気ない声色。早く、さっさと寝てしまえという考えが行動から伝わってくる。