第2章 センラ
「あっっっづ!もうあかんわ!」
唇を離すと勢いよく彼は立ち上がった。そのままズカズカと湯船からでて脱衣所へと歩いていく。
「香澄ものぼせる前にはよあがりぃ〜」
それだけ声をかけてさっさと彼は浴室から姿を消した。てっきり、するものだと思っていた私は放心状態で暫く湯船に浸かっているのだった。
たっぷりと温まって脱衣所へと戻るとセンラさんの姿はどこにも見当たらない。もう着替えをすませて出て行った後らしい。私の服を洗濯してくれているようで、脱衣所の横に備わった洗濯機が音をたてて回っている。
裸の状態でTシャツを着込めば、うっすらと乳首の突起部分が形作られる。それがやけに羞恥心を誘った。下半身の彼のパンツはウエストがぶかぶかで今にも落ちてきてしまいそうだ。
こんな姿で明るみにでなければいけないのか?彼にこの姿を見られるのはとても恥ずかしい。裸を見られるよりもよほど辱めに駆られる気がした。
リビングへと恐る恐る足を運ぶとソファに腰掛けたセンラさんがテレビを見ていた。
ブラウン管の向こうには『超新人!若手お笑い芸人』のテロップ。顔も名前も全くわからない男性二人組が中央のマイクに向かって仕切りに漫才を繰り出している。
テンポは良いものの、強張った表情にこちらまで緊張が走る。おかげで話の内容が入ってこない。
「ガッチガチやなぁ。あんな顔で漫才されても、白けてもうてるやん」
新人ゆえの失態というべきだろうか?深夜帯といえど、地上波のテレビに出るのはさぞプレッシャーがかかるのだろう。
はじめてセンラさんの元に出勤した、あの日の自分と重なる。自分もこんな風に顔が強張っていたっけ。
「初めてで緊張しちゃうのわかるなぁ。頑張れーって応援したくなります」
「芸人はおもろくてなんぼやん。そんな同情されとるうちはまだまだやなぁ。ネタは悪くないんになぁ」