第2章 センラ
「でも、それは俺が一方的に、勝手に思っとるだけやから。香澄が一番安心出来る方法にしようや。この選択肢以外でも全然かまへんし」
「私は」
真っ直ぐに、センラさんを見つめて伝える。
「センラさんと一緒にいたい…です」
そう言葉にすれば、彼は優しい声色で言った。
「ほな、一緒にいぬか」
「犬…?」
「帰ろうか、っていうたんよ」
そんな分かりづらいかなぁ?と不服げな声がもれる。センラさんの優しい京都弁訛りを聞いていれば、段々と体が怠くなって、瞼が重くなる。
「眠ってえぇよ。着いたら起こすからゆっくりしとって」
そう、促されて安心して眠りについた。
※※※
中途半端に優しく起こされて、ふわふわとした夢心地のまま通されたリビング。そこはいつもと同じ、金木犀の芳香剤の香りがした。
その匂いを嗅いで、あぁ、本当に戻ってこれたんだと改めて実感する。
ずっと張り巡らされていた緊迫感。それが、ゆっくりと溶けて薄れていく。
もう、我慢しなくていいんだって思ったら体に震えが込み上げてきた。
気が狂いそうになるくらい、怖かった。冷静に、パニックにならずに。そう自分に必死に言い聞かせてた。
けど、本当は。発狂して、なにがなんだかわからないほどに錯乱してしまいたかった。声をあげて、泣き叫んで、身体中を掻きむしる。そんな姿を何度も、想像してた。
「お風呂お湯ためてるよぉ。沸いたら入って…」
濡れた手をタオルで拭いながら、センラさんがリビングへと戻ってきた。私の顔色をみて言葉を詰まらせる。
「どうしたの?どっか痛いん?」
小さな子供に語りかけるように、少しだけ猫背になって彼は私とぴったり視線をあわせる。
「いえ…。ここに来たら安心して。そしたら、気が緩んじゃったみたいで…急に、怖くなって」
自分の両手のひらを腕に当てて、さする。それで震えが止まるわけではないのだが。
「しゃあないなぁ。俺がなぐさめたろかぁ?」
私の意味のない動きを見たセンラさんが、冗談混じりの声で両手を広げて飛び込んでおいで、とでもいうような仕草をみせる。