第2章 センラ
やはり、さっきあの男にここに自分がいることがバレていたのだ。なぜ一度離れたのかは不明だが、こうして戻って来た。私を今度こそ、引きずり出すために。
足音が私の潜む建物の前で止まる。息を殺して、その時を待った。
「はよ出てこいや!」
それは、がなりに近い憤怒の声。
巻き舌混じりの。他の人が聞けば、なんてガラの悪い怒鳴り声だと思うだろう。
でも、私にとってはそうじゃない。その鶴の一声で佇むだけだった足が、動いた。
つま先にあるバケツを蹴飛ばして。
両手で扉を強く押す。
個室のトイレを抜けて。
洗面台を通り過ぎて。
ひたすら。
がむしゃらに。
足を前に進めた。
入り口を抜ければ月夜の微かな明かりの先に不安げに顔をしかめる彼がいた。私と目が合うと、泣きそうな顔をして笑う。
そんな、表情を初めてみた。彼のそんな顔を、はじめて、目にした。
センラさんの足が私へと向かう。持っていた上着を頭からかけられて、視界が真っ暗になった。
「そのまま。頭、ちょちょこばって!」
初めて耳にする単語が彼の口から出てきた。その語源の可愛らしさにずっと強張っていた体中の力が抜ける。こんな時だというのに。彼の存在は絶大だ。
よく、意味はわからなかったが頭に乗せられた彼の手に従うように下を向いた。黄土色の地面を見つめながらセンラさんに支えられて歩みを進める。
薄ピンク色のラメの入った車。キュートなウサギさんのロゴマークが特徴的なその車を見て、思わずセンラさんの顔色を伺った。
とてもじゃないが、似合わない。
「ちゃうねん!急いでたんねん!あせっとったから!車の種類なんか選んどる暇なかったんよ!」
声を荒げた後、むっすりと唇を尖らせる。無理矢理助手席に私を転がすように乗せた。そして自身もさっさと運転席へと回り込む。エンジンがかかり動きだした瞬間に私は顔をあげて窓の外を覗いた。
公園の広場の真ん中に人影があった。その人物と目があった瞬間、背筋に悪寒が走る。あいつだ。冴島さんの連れのあの男もすぐ近くをうろついていたんだ。
「そっち、向いたらあかんよ」