第2章 センラ
「なんだ、用具入れか」
低い。しゃがれた声。聞き覚えのある声がすぐ目の前で聞こえた。冴島さんが連れて来た、あの男で間違いない。
それ以上、目の前の扉が開かれることはなかった。足音が、遠ざかる。そのうち、車のエンジン音がして、それも闇の彼方へと消えた。
去った。見つからなかった。助かったんだ。
なのに、震えが止まらない。奥の歯がカチカチと重なる。それが、一向に止まらない。
「香澄?大丈夫なん?どうなったん?今、どこにおるん?」
不安そうにセンラさんが問いかける。ずっと、ずっと。私の名を呼ぶ。
その声がわずかだが、震えている気がした。
大丈夫だと、返答することができない。もう、声が出なかった。やっと出来たはずの呼吸が、上手くはいっていかない。酸素が、届かない。
息の仕方が、わからない。
やっと立っているだけ。それだけだった。ひたすら、時が過ぎるだけ。なにもできない。動けない。もうどうしていいのかわからない。
いつのまにかセンラさんの声が消えていた。私の脳がおかしくなったのか?通話が切れてしまったのか?
その判断すら…できなかった。
泣くこともできない。叫ぶこともできない。助けを呼ぶことも。手を伸ばして、ここにいると伝える力も、残ってはいない。
どのくらいの時間が経過したのかわからない。また、誰かの足音がこちらに近付く気配がした。
とうとう、きたのだ。
処刑が執行される日のジャンヌダルクはこんな気分だったのだろうか?
絶望感、そして疲労感。
やっと楽になれる、こんな恐怖を感じなくてすむ。その先の地獄など、考える力もない。想像もできない。
どうでもいい。もう、なんとでもなればいい。
少し前に来た足音と違って今回はやけに軽快だ。そして迷いがない。真っ直ぐこちらに向かってくる。まるで、私がここに隠れていることがわかっているかのように。