第2章 センラ
「……どないしたん?」
彼の声のトーンがぐっと低くなった。その時、強い風が体を吹き抜けて、小さく肩を震わせた。
「今、外におるん?こんな深夜に?なにしてはるん?」
吹き荒れる風の音がセンラさんのほうにまで届いてしまったらしい。私はぽつり、ぽつりと今の状況を説明しだした。彼に話をしながら、改めて周囲をよく観察してみると少し引き返したところに公園がある事に気がつく。
ゲートボールなどが出来そうな広さの校庭。その横に園児が好みそうな遊具が二つ。そして、それらの奥に人目を忍ぶように建てられた小さな建物。公園の名前をスマホごしに伝えた後、私はその建物まで足を伸ばす。
土と水で汚れたタイルの床。埃っぽさと強く香るアンモニア臭。
中は洋式のトイレが二つ、和式のトイレが一つ。そして、その奥に『掃除用具入れ』の案内プレートが目に入った。
「ちょっと、一回切ってもえぇかな?また、すぐに折り返すな」
そう言って、センラさんからの通話が途絶えた。自分の連絡を受けてから彼は焦ったように早口でぶつぶつと独り言を呟いていた。タイピング音が幾度となく聞こえたと思ったら、ほぼ一方的に通話が終わった。
見慣れたホーム画面に戻ったスマホを眺めながら、これからどうしようかと思いにふける。センラさんの声を聞いてだいぶ冷静になれた。
とりあえず、タクシー会社に連絡をしてみよう。この公園まで来てもらえたら心強い。そう考えて片っ端から電話をかけた。
しかし、深夜帯のせいか?中々繋がらない。繋がっても営業終了を告げる留守電に変わったり、配車を断られたりした。
結局、どこのタクシー会社も捕まらず私は再び途方に暮れた。
洗面台で手を洗い、ふと、垢で汚れた鏡に映った自分を見つめる。時間がたちすぎて、すっかり落ちてしまったメイク。鏡の奥にいるすっぴんの自分は衰弱しきった、ひどく、疲れた顔をしていた。
水道水で顔を拭えば、その冷たさに、意識がより鮮明になる。と、同時に指の先の感覚がなくなった。