第19章 みかん
ー赤葦sideー
『明日、小松菜を芥子和えにしようかな。 …それじゃダメ?』
好きな食べ物は何かと聞かれ
菜の花の芥子和えだと答えたら穂波ちゃんはこんな事を言ってきた。
俺を見上げて、首を傾げながら。
…朝から冷静を装ってはいるが
俺の身体はもういつ手を出してしまってもおかしくない感じだ
抱きしめたい、口付けたい、この子の身体に触れたいという衝動を
どうにか抑えている。
そういうところにこの表情や
ご飯が美味しかったと伝えた際のかわいらしい笑顔。
ああいう顔をされるとリミッターが外れそうになってしまう
「…ダメじゃないよ。 食べたい」
『うん!じゃあそうしよう。 …ふふ』
穂波ちゃんとはもう会えないだろうと思っていた。
あの日から1週間
これもまた冷静を装ってはいたが
俺の頭も心も …身体も 穂波ちゃんで埋め尽くされていた。
そんなところに、この再会だ。
この再会には次の再会も約束されている。
勢いで心中を伝えたり、触れたりするのではなく
できることならゆっくりとこの関係を築いていきたい
「あ、本読んだよ」
『わ、ほんと? どうだったかな』
「…うん。面白かった。穂波ちゃんのことを知っていけてるような感覚にもなった」
『わ。 …え、ほんと? すっごく嬉しいかも。
あの作家さん、一番好きなの。それで、あの本、その中でも大好きな一冊で何度も読んでる』
様々な空気や感情をどこか淡々と、流れるように描かれたその小説は
実際とても面白かった。
そして節々で穂波ちゃんを思い出した
『…あれ、実は長編なんだよね。2部目?ももう出てるから、次会える時持ってくるね!
あ、もし、迷惑じゃなければ…』
「…あ、いや、それはいいよ」
『あ、そうだよね……』
「実はもう買ってしまった」
『へっ?』
「今日も、持って来てる。読もうと思って」
1部目を読み終えて
2部があること、もう発刊されてることを知り
部活帰りにすぐに書店へ行った。
単純に面白かったというのもあるが
その本を読むことで、穂波ちゃんと繋がっている気になれたというのが大きい。