第18章 くしゃみ
『あっ、ごめんね。 …なんだった?』
「いや、先にどうぞ」
『…あっと、今日はとても楽しかった。こんなところでこんな出会いがあるなんて。
京治くんがしてくれた本の話も、その時の京治くんの表情も忘れないよ。
ちょうど行きの電車で本、読み終えちゃってたから早速、あの本読んで帰るね』
「あぁ、うん。 俺も今まで経験したことのない時間を過ごせたよ。こちらこそありがとう」
『うん。よかった …京治くんの言おうとしてたことはなんだろう?』
穂波ちゃんは俺との出会いを、
今日だけのものと心から思ってるんだろう。
さわやかに去ろうとしてるのが重々伝わってくる。
…今日だけのものなら
その唇に口付けても許されるのだろうか
いやいや、そんな出会いにするつもりはない。
落ち着け、俺。
「…その、読み終えたという本をもらっても良いかな。もし良ければ」
『…え、あ。うん!もちろん。 …ちょうど大好きな作家さんの本だ。
京治くんの好みかはわからないけど… 』
「それはなんだっていい。 一期一会。」
『…うん、そうだね。 わぁ、嬉しい。 はい、どうぞ』
「カバーがついたままだけど」
差し出された本にはヌメ革のシンプルなブックカバーがかかっている。
『もし良ければそれも一緒にどうぞ。 …結構年季入ってるけど』
「………」
『…って、あぁ! 要らないよね、そんな、わたしが使い込んだものなんて。ごめん、調子に乗った』
「いや、もらっていいなら是非このまま」
『…無理してない?』
「全く無理してない」
『…ん。じゃあ、どうぞ。
…京治くん、もしまたどこかで会ったら、また、ゆっくり話そうね。
じゃあ、行くね! バイバイ!』
「うん、バイバイ」
連絡先はおろか、高校の名も聞かなかったし聞かれなかった。
…もしまたどこかで会ったら。
そんなことがあるのだろうか。
そんなことが起きたなら、
次はもう少し、今自分が感じている想いを言葉にして伝えれるといい。