第38章 シロワニ
ー穂波sideー
あれはどこの海だったんだろう。
タヒチ、オーストラリア、ハワイ…
どこかの綺麗な海の中、鯨と泳ぐ夢を見た。
うっとりするような歌声、
柔らかに動く肌面、
そしてそもそも海の中がそうではあるけれど、
一際感じる、時空のズレ。
ゆったりとして壮大でおおらかで
何もかもがどうでもよくなるような心地。
自分勝手や自暴自棄のそれではなくて、
こういう時感じるそれは、
なんだろう、要らないもの全て手放せるようなそういう、どうでもいい。
わたしのすべてが海に溶けていって、
それからそれがプランクトンの栄養になって、
そうしてクジラの身体になっていく
夢のような夢だった
ふっと目尻に触れたのは少し冷たい、
なのに暖かく柔らかな何か。
わたしの目尻から下へ伝っていた雫を掬い上げた。
溶けて消えてなくなっていたはずの感覚が戻ってくる。
今度はふわっと、確かに暖かなものが触れる。
額それから唇。
そうして手のひらをまた、少し冷たいけどなぜか暖かい何かが包む。
手のひら…
そっか、わたしには身体があるんだ。
「穂波…」
耳に流れ込む愛おしい、音。
込み上げてくる何か。
目を開くとそこに、愛しい愛しい姿形をした人がいた。
「…起きた」
『…ん。 研磨くん。 すき』
「…ん」
『すき』
「…ん」
『すき すき すき』
「…ん」
『それだけ』
「ん。 お風呂、お湯入った。 一緒に、はいろ」
『…ん』
起き上がると研磨くんは水の入ったコップを手渡してくれる。
まだすこしぼーっとするので
すわったままぼーっとする。
足も手も頭も全部全部ある。
感覚、ある。
研磨くんに触れる。
身体ってほんとに借り物なのだろうか。
魂の旅の途中で、借りている器なのだろうか。
いまはまだ、そうとは…思えない。
身体と心はひとつだと思う。