第38章 シロワニ
「…手にしたことで、失うものが増えたわけじゃないってことかな」
洗い物が終わって、
シンク周りを拭きながらシゲさんが口を開く。
「どこにでも穂波がいるってことは、って思っただけなんだけど」
「…失うものは、うんないかも。 失いたくないものはあるけど」
「…その失いたくないものを失った時は、失うものがあったってことになるのかな?」
「………。 んー、どうなんだろ」
「………」
「そうなるのかな。 でも、ほんとに失うってことにはならない気がする」
「………なるほど。 よくわからないけど、少し、わかる気がする」
「でも実際、あまり想像したくないくらい失いたくない」
シゲさんが目を細くして静かに笑う。
おれがなんのことを話してるかは、わかってるはずだ。
「りんご、食べるかい?」
「うん」
「じゃあ、研磨くんはこっちをお願いしても良いかな」
硬く絞った布巾を渡される。
テーブルを拭いてってことかな。
「…ん」
それからシゲさんはリンゴを剥いてくれて、
小皿にとって穂波と心さんのとこに持っていった。
おれとシゲさんはそのままテーブルのとこで、りんごを食べる。
「研磨くんはどこまでも冷静で、知的で、
動物的と言われることはあまりなかったかもしれないけれど」
「…?」
「僕はすごく、動物的な子だなと思うよ」
「………」
「野生動物は皆、賢いからね。性格はそれぞれとはいえ」
「………」
「常に冷静な状況判断ができるのは、
動物として生き抜くためのセンスのようなものが備わってるってことかな、と思ったり」
「………」
「…ほら、僕ももう、何を言いたいのかわからなくなってきたよ」
「…笑」
「ただ言えるのは…」
「………」
「いつも穂波のことを大事にしてくれてありがとう」
「…え」
ここでそれがくるのか。
ほんと、穂波はシゲさんにそっくりなんだな。
話のまとめ方が。
唐突にざっくりと、でも結局まぁ確かにそこだよね、みたいな。