第36章 たぬき
ー穂波sideー
お腹いっぱいになって、
アップルパイをテイクアウトにするにしろ、
せっかくならもうちょっと美味しそうに見えるときがいい。
そんなわけで手を繋いで、
その手を研磨くんのコートに入れてふらふらと当てもなく歩く。
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「穂波これすごい」
ふらりと入った万華鏡の専門店。
研磨くんは真珠っぽい白の万華鏡を手にしてる。
どれもしっかりと作られた高価なもので、
気安く触ったり、試したりできないけど…って思ってたら、
お店のおじさんに声をかけてもらっていくつか覗いている。
万華鏡についてお話ししてくれた。
種類、造り、構造。
物語の中にトリップしたようなお店の世界観というか
扱ってる商品そのものがもう異世界感というか…
そんな中で、さらさらと地に足のついたトーンで説明される感じが心地よかった。
研磨くんが覗いてるのをわたしもみさせてもらう。
『…わぁ きれい』
どれもこれも綺麗だけど、これは… いちばん好きかも。
雪の結晶のような…シンプルな色合い。
白と、深いけど明るいグリーン。
「それ、いいでしょう。 君たちっぽいなと、思った。それに…」
『………』
「今日の日にぴったりだ」
『………』
その声とこの空間に酔ってしまう。
「大丈夫、買わせようとなんて思ってないから。 …って君たちはそんな心配もしてなさそうだけど」
『………』
「でもいつか、自分たちでお金を稼ぐようになって、
もし思い出してくれたなら、またお店に寄ってくれると嬉しいよ」
『…はい、きっと来ます』
「…ん」
店主さんが紅茶を淹れてくれて、
暖かい部屋でお話を聞いて過ごした。
お店を開くことになった経緯とか、
万華鏡とは関係のない、今まであった出来事とか。
大きくて分厚い本を読んでもらうのを
聞いているような心地がした。
…今日は、不思議な日だな。