第36章 たぬき
・
・
・
「…穂波、どうかした?」
電車の中、気付いたら隣で座ってる研磨くんは顔を上げて
ゲームの画面から視線をずらしこちらを見ていた
…わたし変な顔してたかな?
変なこと呟いたかな?
『…ん? ううん、どうもしてないよ。 ただ…』
「………」
『ただ、ただ、研磨くんに会えて幸せだなって』
「…え」
『研磨くんに出会えたことで、わたしの世界は格段に広がった』
「………」
『研磨くん、ありがとう。 大好き』
「…ん。 おれも」
『…ん』
コホンッ って咳払いが聞こえてくるかと思った。
けど、何も聞こえない。
なんだろこの、感じ。変なの。
「…え」
『え』
何でだろ、つーと一筋、片目から涙がこぼれ落ちる。
「…クロ?」
『え?』
「いま、おれもクロのこと思った。
今絶対、クロが咳払いとかして遮るとこだなって」
『あ、そっか。そうかも…』
クロさんってすぐにわかんなかったけど、
聞こえる気がした咳払いが聞こえなかったことが
なぜか心にすーと冷たい風を吹かせて、
そして涙を一筋誘った。
「…別にこの世界からいなくなったわけじゃないのにね」
『………』
はっきりとは言わないけど、
そしてはっきりとはきっと捉えれてないけど、
それって、研磨くんもすこし、寂しいなって思ってるってことかな。
小学校、中学校…
一足先にクロさんは卒業してきたけど
それでもその先にまだいたもんな。
一年経てば、また同じ学校で。
でも、今度こそ、違う道。
わたしにはわからないし、分かろうとも思わない。
それに研磨くんはわかって欲しいとか思ってない。
というかそもそも、そこまで寂しいとは思ってない、か…
「…おれも」
『…ん?』
「穂波に出会えて良かった」
『…ん』
「それから、クロにもそう思う」
『…ん』
…あぁ、窓から見える夕焼け空が夜へと変わっていく、この色が。
すっごくノスタルジックに目に映る。
「んっ んっ んーーーーー ゴホンッ」
…ん?空耳?
よく知ってる咳払いより一層強めなそれが聞こえた気がした。