第29章 山茶花
「…食べてみたいから、今度くれ」
『うん、じゃあ小瓶に詰めて持ってくよ、春高に』
「甘いやつ?」
『あ、はちみつ梅が好き?』
「どっちかっていうと、甘くない方。…紫蘇漬け」
『…わたしも!でもどっちも漬けるよ。途中まで工程一緒だし』
そんな風に梅干しについて、
お互いの耳元に顔を寄せて話し合う。
話にひと段落がついたところで聖臣くんはわたしの顔をじっと見つめた。
ちょっとどきってする。
そういえば、この距離感はなかなか近い。
聖臣くんはこの間も転びそうなのを支えてくれたり、
今日は虫歯チェックだったり、
距離が基本近かったから全然そんな風に思わなかったけど
聖臣くんの顔がまた近づいてくる
あれ、まずい、妙にどきどきするぞ
耳と聖臣くんの口元の高さが一緒くらいになり、
こめかみに聖臣くんの前髪がかすめる
…どきどき
「ぬか漬けも、やってるのか?」
………。
『…笑』
どきどきしてたっていうのに…笑
聖臣くんの胸に両手を添えてじっと見つめる
ダメだ、可笑しい…
おかしいことは何も言ってないというような毅然とした面持ちが
そのおかしさに余計に拍車をかける
深呼吸、深呼吸
背伸びして耳元に顔を近付けると、
また聖臣くんは身体をかがめる
『ぬか漬けも、お味噌も、梅肉エキスも作りますよ。 …クスッ 笑』
「…ッ……」
『あっ ごめん』
堪えきれずに小さく吹き出してしまって、
聖臣くんの耳に、息がかかってしまった。
肩をビクッとさせて耳に手を当ててる
「………」
『………』
「…順番は大事 …ある程度、順番」
『…?』
何か呟いているけど、分からない。
気を悪くしたかな。
聖臣くんはまた、身体をかがめて耳元に顔を近付ける
わたしも髪を耳に掛け直して首を傾ける
「…完璧すぎる」
『…ッ… えっ?』
言ってる意味もちょっと考察が必要だし、
何より聖臣くんはマスクを外してるから、
さっきより声がクリアに聞こえる
それから生暖かい息が耳にかかる
…? なんでマスク外したんだろ、
そして完璧の意味とは。
あ、そうだ。