第29章 山茶花
ー穂波sideー
体育倉庫からひっそりと出ると、
大きな大きな音に包まれる。
耳元で研磨くんが
「おれ、ここにいるから穂波いってきてもいいよ」
って言った。
でも別にわたしはこの人の渦の中に入りたいわけじゃなくって、
音に酔う感じが好きなだけなので、
前のスピーカー前や、DJのまんまえあたりと同じくらい、
後ろの空いたスペースも好き。
だから壁にもたれる研磨くんの隣で、
小さく身体を揺らしながら、みんなが楽しんでる空気を味わった。
途中、研磨くんは電話が鳴って外に出ていって、
戻ってくると
「これ、結構押してるみたいで。おれもう部活行かなきゃいけない。
おれらのあとから社会人が体育館使うみたいだから時間内に終わらないといけないし」
とのことで、部室まで一緒に行った。
部室の前でもう一度ぎゅってして、キスをしてまたねをした。
またね、ってまた明日だ。 学校ってすごい。 すぐ会えちゃう。
研磨くんもいないし、わたしも帰ろっと。
打ち上げなるものがあるらしいけど、わたしはいいや。パスする。
控室に置いてる荷物を取りに行く前に、
焼きマシュマロくんたちに一言言いに行こうと体育館へ入ると聖臣くんに会った。
『あ、聖臣くん』
いつも通りに呟いたって、声はかき消される。
小さく手を振る聖臣くんに手を振りかえして近づく。
「…$€£$€£$€£」
『えっ?』
読唇術ができればこういうとこでも
難なく言いたいことがわかるのかな、とか思いながら。
あ、聖臣くんはマスクしてるから無理か。笑
耳に手を当てて、聞き返す。
聖臣くんは身体をかがめて耳元に顔を近付ける
「…梅干し作れるのか?」
この場の空気にやたら溶け込む風貌をした聖臣くんから、
ここで、梅干しの話。
思わず顔が綻ぶ。
伝えたいことを言い終えて顔を離した聖臣くんを見上げ、
クスクスと笑ってしまう。
『梅干しは作るっていうか…漬ける。時間と材料があれば誰にだってできるよ』
答えるけど、やっぱり聞こえないよね。
聖臣くんが ん? って感じで耳を傾けたから
背伸びをして耳元に口を近づけもう一度伝える。