第29章 山茶花
ー研磨sideー
よくわかんないとこでむきになってしまった。
通い妻がいやだっていっただけなのに、
目に涙を溜めて悲しそうな顔するから。
…だっておれ、不本意ではあるけど、
ふわふわしたこと今までの会話の中で普通に言っちゃってるし。
台所がどうとか、一緒に暮らすだとか、赤ちゃんとか…
なのになんでそこで全部を断ったみたいになるの?
婚約、ってのしてたらそんな想いしないの?
そんな悲しい顔はしなくてよくなるの?
さっきのおばあさんとの会話から
今のおれの立場では考えるようなことじゃないことを、
考えてしまったから、かな…
でも説明のしようがなくて、
結局最低限かいつまんだことしか伝えれなかった。
けど穂波ははっとした顔をして、
それからなんの無理もしてない顔でふわりと笑った。
ほっとした。
おれとのことで悲しませるのはいやだな、と思った。
どう考えても変な言い方だけど、
でもやっぱりおれ、穂波のこと幸せにしたい。ずっと。
こたつに戻ってゲームを続けようと思うんだけど、
そんなことを考えてしまって集中できない。
『研磨くん』
台所で料理を続けてた穂波がこたつに座る。
『ドリアが焼けたら食べれるよ』
「…ん」
『それまでゲームみててもいい?』
「え、あ、うん」
穂波は少し身体をおれの方に傾けて覗くみたいにする。
さっきまでいろいろ考えちゃってたんだけど、
妙に落ち着いてきて集中できる。
集中してきたとこを遮るのは、
穂波の声でも動きでもなくて、
ドリアの焼けるいい匂い。
「…テロだ」
『…ん?』
「テロにあった」
『へっ、今?でも、今いるのは酒場じゃないの?』
「…あ、うん。ここは酒場」
『…?』
「チーズが焼ける匂い… お腹すいた」