第28章 しらす
まだ小さな弟はきっと自分の浮き輪が流されたことで泣いてたんだろう。
きっと浮き輪が戻ってきてることがわかってから段々と泣き止んだ、そんな感じだった。
わたしが岸についた時にはもう泣き止んでいたから。
そして、2番目のお兄ちゃん、おそらく今日会った彼は、
お兄さんがサーフボードから降りて歩き出した途端、
ぼろぼろと涙を流して、泣き出したんだ。
きっと彼は、お兄さんが溺れそうなのも見てた。
遠くから見たらもう、溺れてると思ったかもしれない。
サーフボードに寝転がってこっちに向かっている間も、
お兄さんがどういう状態か分からずにずっと心配してたんだろう。
安心して、ピンと張っていた糸が切れたように、
しゃくりあげて泣き出したその様子を今では鮮明に思い出せる。
サーフボードの上からお兄さんに手を振って貰えばよかったって、その時強く思ったんだ。
小2のわたしにはまだ、そこまで気が回らなかった。
『しらぶくんはしらすがすき』
「なんで俺だけ白布くんなの」
『しらぶって音が好きだから』
「何それ」
『しらぶ… しらぶ… しらぶ…』
「は?」
『名前の中にらぶがあるなんて素敵』
「別に俺じゃなくていいじゃん、お兄ちゃんでも」
『わたししらぶくんがすきだもん。しらすがすきなしらぶくん』
「…じゃあそれでいいけど。俺の名前忘れないでよ」
『忘れないよ!しらぶけんじろうくん』
…歳の近かったお兄ちゃん同士が仲良くなって、
弟くんの面倒も、面倒見のいい2人が見てくれて、
わたしと白布くんは思う存分2人だけでいっぱい遊んだんだ。
日が暮れるまで。
白布くんと浅いところでサーフボードに座って夕日に染まる空を見たんだ。
…手を繋いでいたと思う。
わたしが言ったすきは、どんな意味のすきだったかな。
その頃はお兄ちゃんに恋心を抱いていて…
白布くんに言ったすきは…
…そんな小さい頃のこと、
白布くんは今日思い出してくれたのかな。
あそこでちらりと会っただけで。
…うそ、覚えてないっていう反応をしてしまったことが、
今になってすごく悔やまれる。
もし白布くんがわたしが思い出した会話を覚えてくれてたのなら、尚のこと。