第25章 秋刀魚
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『…わぁ………』
花火が始まると、
穂波は小さな感嘆の声を一度出して、
それからはもう静かに、静かにみいっていた。
たしかに穂波とみると花火も綺麗で、特別なものにはなったけど、
それよりおれは花火に照らされてみえる穂波の顔を見ることに夢中になった。
手すりに肘をついて、横ばかりを見てた。
…たまに、花火もみたけど。
『…はぁ、綺麗』
アナウンスみたいなのが入って、
花火が上がらなくなったときに穂波が呟く。
…この、恍惚とした顔。
邪魔したくない。邪魔したくないけど触りたい。
そっと頬に手を伸ばし口付ける。
「…綺麗」
『…ね、綺麗だったね。研磨くんと花火大会。嬉しい』
「…ん」
しゅるるるーって花火が上がる音がして、第二部が始まる。
…邪魔したくないけど、邪魔したい。
花火にみいってる穂波の空間みたいなのを邪魔したくないけど、
この表情、こんなふうに照らされた顔をみてるとキスしたくなる。
穂波は真っ直ぐ花火の上がる方をみながら、
おれの手をとり指を絡める。
一際大きな花火が上がり、
それと同時に小さくて明るい音の大きな花火が何発も空に咲く。
思わずその音と明るさに空へと目をやった。
穂波と過ごした2回目の夏が終わろうとしていて、
季節感のあることを誰かと重ねて経験していくことの豊かさみたいなもの。
そういうものをひしと感じてる。
花火は初めてだけど、祭りとか。
時期は違ったけど、BBQとか。
そういうイベントって呼ばれるものもだし、
なんだろ、夏の夜の匂いとか質感とか。
湿度や空の色、空気みたいなもの。
そういうのが、重ねられていく。
…いいな、と思う。
これからも、ずっと …とか。
『…綺麗』
すぐそばで声がしたかと思うと、
ふわっと穂波の長い髪が頬に触れ、
それから唇が重なった。
『…お邪魔しました』
そう呟いて、離れていく。