第8章 私という存在
夢だとわかった夢だった。
次から次へと変わり行く情景に頭が痛くなる。
《やっとトリガーが発動したか…》
誰かの声が木霊する。
いや、聞き馴染んだ自分の声だ。
耳を塞ぎたくなるが、自分の手足がどこなのかわからない。
意識だけが次々に移り変わる世界のなかで浮いている。
《この時を永らく待ったぞ》
クロエの姿形をしたものが目の前に浮上する。
絶対に自分ではないと言い切れるのは、瞳が赤くおおよそ人とは思えない憎悪のこもった顔だったから。
《待ちくたびれたが…まだ完全ではないな。時間がかかるのは仕方ないか》
青紫の醜悪なオーラはなんだろうか。
禍々しいまでの雰囲気に、冷や汗が出そうだ。
体を認識できないから出ないだろうけど。
《私はお前。お前は私》
《私は世界が憎い》
《私に優しくなかった世界に、尽くす必要なんてない。そうだろう?》
《道具のように使われるだけだ、ならば私の欲のためにこの力使ってもいいはずだ》
《そう望んだのは、私であり、お前でもある》
頭に流れ込む遥か昔の記憶の一部。
そして目の前の私の憎悪の欠片。
《いつの時代だって邪魔ばかりだ…》
《今世でそこ、この想い晴らそう》
《その為に何世代分も力を貯めてきた》
目の前に浮かぶ古代文字の羅列。
あやつる目の前の私は、いったい何者だろうか。
《早く、全てを思い出せるくらいに成長しろ》
《そして…》
《ともに世界を壊そう》
瞼を開けた先の天井を理解するのに時間がかかった。
先ほどまで見ていた夢からなかなか覚めない。
あの醜悪さがにじみ出た自分と同じ声が頭から離れない。
感情が混ざり混み、自分のなかで渦巻く黒いものに恐怖を感じる。
落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
最後にいた場所は貨物室だったから、誰か見つけてくれてここまで運んでくれたのだろう。
現状を把握しながら寝ていたベッドから体を起こす。
汗で張り付く衣服が不愉快だ。
「あ、目が覚めました?」
着替え終えた頃に自室の扉が開き、お盆を手にジルが入ってきた。
此方を見て驚くが、直ぐに内線をかける。
医師だろうか。
「医師が来ますのでベッドに戻って貰えますか?」
「…わかった」
いつもと様子の違うクロエに違和感を感じるものの、ジルはお盆に乗せてた白湯を手渡す。