第8章 私という存在
本部を出港したクロエの軍艦は、ゆらゆらと大きく揺れる。
「ホントに最悪だ!!海嫌いだ!」
「毎度言ってますね、それ」
悪天候もいいところ。
轟音と飛び散る木材に軍艦の備品が割れる音。
指示を飛ばす怒号と、かき消すほどの海のうねりの音。
連日続くこれに嫌になってきた。
ぐっしょりと濡れ、重たくなった海軍コートをぶん投げる。
海の藻屑となれ。
「仕事増やさないでください!私が外で指揮取ってますから貴女は中にっ…」
コートを拾いながら大声で此方に怒鳴るジルだが、しゃべってる間にも高波が甲板を荒らす。
波に足を取られたジルを助け起こしながら、今ので転落した奴はいないか目を走らせる。
「カナヅチを室内に!他はバディ組んで作業に当たれ!」
ゾロゾロと能力者達(+素でカナヅチ野郎)が艦内に引っ込み、あとは非能力者で対処に当たる。
こんな状況で海から拾ってやれる確証が持てない。
「前後で指揮しなきゃ艦がもたん!私は後ろに行くから、ここは任せたよジル」
「…っ承知しました!」
垂れ下がる帆のロープを掴み、揺れる甲板の上をターザンの要領で後方へと向かった。
「いやー死屍累々」
「死んでません」
数日の大荒れが嘘のようにカラッと晴れた翌日。
クロエは部下が重なり倒れる部屋をみて笑った。
危機を乗り越えた彼らは安堵からか面倒だからか、雨風の汚れを落とすまもなく深い眠りへとついたようだ。
ホールにはそういったもの達が密集していた。
「今日は中で作業に当たってたやつらで当番だね。こいつらには休日をあげよう」
「わかりました」
きちっとシャワーを浴びて着替えているジルは、この中でみればすこぶる爽やかだ。
だがそんな彼にも連日の疲れが顔に出てて、お前もね、とジルが持つファイルを奪い取った。
「ジルも休み!その酷いクマを消しておいで」
「…いえ、貴女が休まないのに私だけ休めません」
「そんなこと言うならこの屍達も叩き起こして仕事させるけど?」
言葉につまるジルだが、ここで引かなければ本気でクロエはやりかねない。
「一日で交代ですからね。本当は貴女に先に休んで頂きたいんですから」
「わかってるよ。おやすみ」
頭を下げるジルにヒラヒラと手を振り替えした。