第21章 番外編 初めてのキス
「キスしてみたい」
「……………なんて?」
唐突に、それはもうなんの脈絡もなく言ったのは自覚している。
間抜けなクロエの顔を眺めながら、なんでこの女にしてみたいと思ったのか理由を探るがわからない。でも、他の女では感じないナニかを感じ、キスしてみたくなったのだ。
パチパチと瞬きしてみたり視線が揺れている様をしばらく見た後に「いいか」と再度問う。
まぁ聞いている形だがyes以外は受け付ける気はない。心の準備をしろと暗に伝えているだけだ。
「…なんで、私?」
不思議そうに聞いてくるクロエになんて答えたものか。好きだからとか言えれば良いのだがその気持ちがまだ自分はわからない。コラさんは好きだしそれで言えばクロエ だって好きだ。だけどキスがしたくなったこの気持ちはそれとは別物で。でも異性に向ける愛情なのかと聞かれれば自信をもって頷けない。
俺は異性としてクロエを好きなのか?
「クロエとしたくなった」
ここは正直な気持ちを伝えておこう。それ以上でもそれ以下でもないから。
さらになにかを考え出したクロエを眺めながら壁についていた両手を折り肘をつく。近くなった顔に、ここまで接近して相手の顔を見るのは初めてだなと思う。
戸惑うように揺れる瞳は大きく、縁取る毛はきれいに上を向きカールする。ぎゅっと寄る眉やつるりとした頬など手入れがされている肌だと医術を学ぶものとしての視点からでもわかる。滑らかな肌は触ると気持ちが良い。
そういえば風呂上がりなど小一時間ソファの上で手入れをしているなと思い出す。よく「年老いた肌を舐めたらイカン!今からやっておかなければ痛い目を見るんだ」とか言っている。その時は若いうちからご苦労なこった、と小馬鹿にしたがその毎日の成果は老後なんかではなく今現在確実にクロエを美しくさせている。
元より顔面偏差値の高い女。それを磨いているとなるとその辺の女では太刀打ちできるはずもなく、俺や共に一緒にいるペンギンやシャチの女を見る目が厳しくなってしまったのはクロエの所為だ。
シャチなんかは比較対象がクロエなもんで、彼女を作りたいのになかなか気に入る女の子がいないと常にボヤき、クロエに白けた目を向けられていたりする。