第3章 【前日譚】男だったら
野球のことは好きなのに、今は何もしたくない。
にーちゃんにキャッチボールしようって言われてもやる気が起きなくて、不明瞭な返事をする。
「なんだ悠、元気ないなあ」
んー、と返事をして俺の横でくつろいでた犬を抱き寄せ顔を手で挟む。
「神楽のこと?」
言い当てられてにーちゃんを見れば、面白いものでも見つけたみたいな顔で俺を見てた。
「…うん」
しょぼくれながら肯定すれば、こりゃ重症だなと半笑いの声も聞こえる。
「どした、言ってみ」
言いたいような言いたくないような、そんなふわついた気持ちになって犬を撫でる。
神楽のことを考えるとどうにも胸がざわつく、心臓がきゅーってなったかと思えばすごくイライラしたり、落ち着かない。
「神楽ってさ、なんで男じゃないんだろーって」
ばっ、と顔を上げてにーちゃんを見る。正面から見たにーちゃんは驚いた顔をしていた。
「だってさだってさ!神楽が男だったら一緒に野球できんじゃん!」
そうだ、神楽が男だったらこんな思いしなくて済んだはずだ
「ずっと一緒にいられるしさ!連れションもできるし…アイツ自分が女だから女だからって」
なにも、できないでさ、と下を向く。
一方的に喋ってしょぼくれてしまった俺を見てにーちゃんは困ったように首をさすった。
「悠はさ、トイレの中まで神楽と一緒に居たいのか?」
その言葉はなんだか屁理屈を言われているようで、思わず不貞腐れてしまう、犬は不思議そうにこちらを見上げるばかりだ。
「神楽は?どうなんだ?」
「どうって」
「だーかーら、神楽はお前と一緒に野球したいって言ってたのか?」
そう言われて記憶を巡ってみる、アイツはいつもしょうがないみたいな顔をして、女だからって全部諦めてる。
そうだ、諦めてるんだ、だから無性に腹が立つ。
あの時もそうだ、俺から視線をそらしてキャプテンの言ったことが全部正しいみたいな顔して。
『でもね悠ちゃん、私野球見るのも好きだよ』
昼間の言葉がリフレインされる。
「本当は神楽もマウンドに上がって野球がしたかったんじゃないか?」
………あ