第9章 ※誘惑
部屋を出た陽華は、荷物から取り出して、手に握りしめた包みを見た。それは、まきをから貰った石鹸だった。
陽華の脳裏に、まきをとした会話が思い起こされる。
「いいか、陽華。この石けんを使うと、風呂上がりに、なんとも言えない良い香りに包まれるんだ。男なんてイチコロだよ!」
そう言うと、まきをは陽華の耳元で小さい声で呟いた。
「あたしはね、天元様を誘いたい時に使ってる。」
それを聞いて、陽華は耳まで真っ赤になった。続いて須磨が言う。
「お風呂上がりは、髪を上げるといいです。男の人は、うなじに弱いから!…ほどくのも好きみたいですよ。」
気付いたら、陽華は小さく「うなじ、うなじ」と呟きながら、廊下を足早に歩いていた。
風呂場に着いて、陽華に言われた通り、石けんで念入りに自分を洗った。
もちろん、匂いを纏わせる意味もあったが、それより前回、勢いに任せたせいもあり、初めてなのに風呂にも入らず、任務後の汗くさいまま、事を行ってしまったことを後悔していた。
きっと義勇に、汗臭い女だと思われたに違いない。
もし今日、義勇とそんなことになるなら、その汚名を濯ぎたい。その一心で身体の隅々まで綺麗に洗った。
そして、温泉から上がると、旅館に備え付けられた浴衣を着込み、髪を上げて、部屋に戻った。
部屋に帰ると義勇の姿はなかったが、荷物はあったので温泉にでも行っているのか?そう思っていたら、後ろに気配を感じた。