第9章 ※誘惑
任務は陽華があわあわしてる間に、義勇が鬼を倒して終わった。柱が派遣されたにしては、かなり雑魚鬼だった。
まだ日が落ちて数時間ほどだったので、二人は近くの街の旅館で休むことにした。
「お部屋は一つでよろしいですか?」
受付で旅館の女将が聞いてきた。義勇は迷うことなく、
「二つで。」
と答えた。女将は「かしこまりました。」と、いそいそと二つの部屋の札を用意すると、二人の前に差し出した。
その札を取ろうとする義勇を陽華は制するように、バンっ!と、受付台を叩いた。
「ひ、ひとつで大丈夫です!!!」
その言葉に義勇は驚き、陽華を見た。
陽華は義勇の反応を見ないように顔を伏せながら、その腕を掴むと、無理やり部屋まで連行した。
同じ部屋に入ったのはいいが、かなり気まずい沈黙が二人を包んでいた。
心なしか、義勇の機嫌も悪いような気がする。そんな義勇に平静を装うように、陽華は元気な声で、喋りかけた。
「義勇、ここね。温泉があるみたい!私、入ってくるね。」
そう言うと、陽華は荷物の中から着替えと下着、それと布地に巻かれた小さな包を取り出し、浴場へと向かった。
一方、部屋から出ていく、陽華の後ろ姿を見ていた義勇は、ため息をついた。
「……まずいな。」
義勇は小さく呟くと、拳を握りしめた。
今日陽華に会っても、平静を装えると思っていた。しかし実際に顔を見たら、義勇の自信は、ガラガラと音を立てて、崩れ去った。
男を知れば、女は変わると言うが、今日会った陽華は、前回会った時とは比べ物にならないほど、魅力的だった。
それとも義勇自身の、見る目が変わったのか。
加えて、あの紅。義勇が良く知る、少女のように可憐な陽華は鳴りを潜め、自分の知らない、艶のある大人の女性へと変わっていた。
このままでは、自分を抑えられそうにない。
義勇は落ち着かせるように、深く息を吐いた。
(…とりあえず、頭をスッキリとさせてるか。)
義勇は立ち上がり、自分も温泉へと向かった。