第1章 少年と妹
辛かった修行時代。お互いに苦しい事も、悲しい事も支え合って乗り越えてきた。そんな義勇に、いつしか芽生えた恋心。
でもずっと、胸に内に秘めてきた。
義勇にはそんな気がないことも、その理由も知っているから…。
義勇の背中を見つめる陽華の胸が、キュッと締め付けられるように痛んだ。
陽華は自分に湧き上がる想いを、抑えるように静かに首を振り、気持ちを切り替えようと、義勇に問いかけた。
「…ねぇ、義勇?あの兄妹、あれで良かったのかな?」
義勇の肩が、微かに揺れる。
未だにあれが正解だったのか、わからない。でも義勇が判断したことも、否定することが出来ない。それくらい、あの時見た光景は衝撃的だった。
「鬼なのに、兄を守ろうとした。あんなの初めて見たよ。」
鬼が人間を守る。鬼殺隊の歴史の中でも一度も前例がない。陽華の呟きに、義勇は背中を向けたまま答えた。
「…あぁ。だからこそ俺は、あの二人に可能性を感じた。」
この長い鬼との戦いの歴史、その中で起きた異変。陽華とて、その異変に何かの兆しを感じないわけがなかった。
「うん、そうだね!」
義勇の言葉に自分を納得させ、陽華は布団を目元まで掛けると目を閉じた。
目を閉じると、あの少年の顔が浮かんでくる。
絶望と不安に揺れる赤い瞳の少年と、鬼になった幼い少女。そしてあの惨殺された家族の姿。
鬼殺隊に入ってから、今日みたいな出来事は何度も経験してきた。
自分だって、いつ死ぬのかわからない。明日には鬼舞辻や上弦の鬼に出会って、殺されるかもしれない。
人間の命なんて、脆くて儚い。
そう思うと、陽華の頭に一つの疑問が浮かんできた。
(…私の人生、本当にこのままでいいの?)
親を鬼に殺され、復讐の為に十三の頃から入った鬼殺の道。
鬼を一匹でも多く狩る。自分のその矜持の為なら、死ぬのだって怖くはないと思っていた。
でもこのまま、好きな人に想いも告げることなく、死ぬことになるかもしれない。
普通の人が感じる幸せなんて、自分には関係ないと思っていた。
でも……そう言って、この想いを引きずったまま、後悔したまま、死んでいくのは…、嫌だ。
陽華は意を決して、目を開けた。
「義勇!」