第44章 水魚之交
もっと幼い頃に、犬に追いかけ回され、尻を噛まれた事のある義勇にとって、犬は天敵だった。太郎は楽しんで逃げる義勇を、追いかけ回していただけだが、義勇とってはこの道を通るたびに思い出す、恐怖の記憶。
大人になって、犬が大丈夫になった今でも、この恐怖は義勇の心の奥底に残っている。
そんな苦い思い出を脳裏に巡らせ、苦笑い浮かべる義勇の手を陽華が握った。
「ほら、義勇!数年ぶりに、太郎と仲直りするいい機会だよ。」
「俺は大丈夫だ。太郎とは仲直りはしなくていい。」
義勇の手を引っ張って連れて行こうとする陽華に、義勇が抵抗する。
しかし、陽華に無理に手を惹かれ、太郎の前へと押し出された。
「他の犬ならもう大丈夫なのに、なんで太郎は駄目なの?こんなに可愛いのに。」
「幼い頃に植え付けられた恐怖が、まだ残ってるんだ。」
そう言って、太郎から目をそらす義勇を横目で笑いながら、陽華は太郎の前にしゃがみ込むと、その頭を撫でてあげた。
太郎が嬉しそうに「ハッハッ」と息を吐き出しながら、尻尾を振った。
「太郎も大きくなったね。義勇を追いかけ回してた頃は、まだ生まれたばかりの子犬だったのにね?」
「……余計に切なくなるから、言わないでくれ。」
「ほら、触ってみなよ?もう年だから、おとなしいよ。」
陽華が義勇に促すと、義勇は渋々ながら、太郎の前にしゃがみ込んで、手を出した。次の瞬間、太郎の顔が変わり、「ウー!」と唸りながら、義勇を睨みつけた。
「……陽華、俺の目には、太郎が怒っているように見える。」
「うん、そう…だね。仲直りはまた、今度にしようか?これからは、時間もたっぷりあるし。」
陽華がそう言うと、義勇はそそくさと立ち上がり、太郎から距離を取った。
その姿を見て、陽華は義勇にバレないように、クスクスと笑った。
「さてと。じゃあ、もう行こ?」
立ち上がった陽華は、義勇に笑いかけると、そのまま手を引いて歩き出す。
そう、これからは時間がある。慌てずに、ゆっくりと進んで行けばいい。