第44章 水魚之交
「うん、近いうちに祝言を挙げる。」
「あらそう!それは、めでたいわ♪ねぇ、こっちに帰ってきたってことは、鱗滝さんのところで、暮らすのかい?」
それは嬉しそうに、矢継ぎ早に聞いてくる女将の質問を、陽華は相槌だけで、返していく。さすがはたまに顔を出してるだけあるな。と、義勇は陽華を称賛した。
さらに暫く話したあと、突然女将は、涙ぐみながら言った。
「アンタ達が幸せそうで、錆兎君も喜んでるんじゃない?」
女将の中では、突然いなくなった錆兎は、事故で死んだことになってる。
錆兎の事を思い出しながら、しみじみと言うと、女将は陽華達に檄を飛ばすようにこう言った。
「あの子の分も、幸せになるんだよっ!」
「うん、わかったよ。ありがとう、おばちゃん。」
少しだけ瞳に涙を溜め、感謝するように女将に微笑む。
しかし、彼女の話しはその後もまだまだ続いた。その姿にいい加減、陽華も声を掛ける。
「もういいよ、おばちゃん!…私達、もうそろそろ、行くから。」
女将の言葉を無理矢理に止め、陽華は別れの言葉を伝えると、女将は少し悲しそう顔をした。
「今日はまだ準備出来てないから、何も出来ないけど、今度また二人でおいで?たくさん、オマケしてあげるよ。」
「うん、楽しみにしてるね?」
そう言うと、陽華と義勇は、女将に手を振って、街を出た。
街を出ると、その先は畑や田んぼが並ぶ、畦道が続いている。
陽華と義勇は、狭霧山へと続く畦道を、二人で仲良く歩いていく。
「義勇、この道を歩くと思い出すよね?」
陽華が嬉しそうに義勇に振り返ると、義勇は絶対に話題に出すと、覚悟していたかのように、黙って視線を逸した。
「あれ?忘れちゃった?義勇が太郎に……、」
意地悪そうに微笑みながら、陽華が言いかけると、突然の前方から、鳴き声が聞こえた。
「ワンっ!!」
「あ、噂をすれば、太郎!!」
陽華が、一軒の軒先に繋がれた白い犬を指さした。その姿を見た義勇は、無意識に少し後退りする。
義勇の脳裏に、幼い頃の苦い思い出、太郎に追いかけ回された思い出が、鮮やかに蘇る。