第32章 宴
「陽華さん。」
声を掛けられて振り向くと、天元と一緒に勝負の行方を見守っていたはずの無一郎が立っていた。無一郎は陽華の近くまで来ると、背中に寄りかかるように背中合わせに座った。
「むいくん、どうしたの?」
「眠くなって来ちゃった。」
そうやって無一郎は目を擦った。
刀鍛冶の里で、記憶を取り戻してからの無一郎は子供っぽい一面を見せるようになった。
そんな無一郎に、陽華は優しく問いかけた。
「どうだった、男達の勝負は?」
「俺、早く大人になりたいと思ってたけど、あの人達見てたら、大人ってなんなのか分かんなくなってきちゃった。」
無一郎の言葉を聞いて、陽華を含めた女子達は、部屋の端で勝負と称して思う存分盛り上がる男どもに目をやった。
「…確かにあれでは、わかりませんね。」
そう言って微笑するをしのぶと蜜漓に同調して、陽華も笑顔を浮かべると、無一郎に言った。
「でもね、むいくん。あいつら、あんなにバカで子供っぽいことを必死でやってるのに、私は今、最高に格好いいって思ってるよ?…だって、あいつらの顔を見て?」
陽華は身体を捻って、背中にいる無一郎の方を見た。
「今まで見たこともない、すごく楽しそうな顔をしてるでしょ?これから、命を掛けて戦うって言うのに、肝が座ってるって言うか、…すごく頼もしいよ。」
そう目を細めて、陽華が楽しそうに微笑みながら言うと、無一郎も釣られて微笑んだ。
「そうかも。なんか、陽華さんが言うとそんな気もしてきた。」
「でしょ?…大人にも必要なんだよ。あぁやって、バカしてる時が…。」
「ふーん。」
無一郎が目をとろんとさせて、相づちを打つと、しのぶが横から無一郎の顔を覗き込んだ。
「でも、私は時透くんには見習ってほしくはないですね。」
「なにそれ、どっちだよ?」
無一郎はそう言ってわずかに微笑み、畳の上にごろんと転がると寝息を立てはじめた。