第32章 宴
お酌でみんなのところを回るついでに、陽華は行冥のところで止まると小さな声で尋ねた。
「この会、行冥さんが言い出したって聞いたんですけど、何の会ですか?」
「見ての通り、ただの飲み会だ。ちなみに言い出したのはお館様だがな。」
思ってもいなかった答えに、陽華は驚いた表情で問いかけた。
「柱全員で?今、鬼舞辻に襲撃されたら、鬼殺隊壊滅ですよね。」
「今夜は大丈夫だ。お館様からお墨付きを頂いている。」
行冥の言葉に、陽華は気づいたようにハッとした表情を浮かべた。
ー 先見の明
産屋敷家に代々伝わる、先を見通す力。
代々、産屋敷家はその力で財を成してきた。陽華も直接、話に聞いた訳ではないが、産屋敷家の書庫に頻繁に出入りしている為、知っていた。
「だから、今日は大いに騒げ。これはお館様からの最後の命だ。」
「お館様の…、御意!」
陽華は微かに瞳を潤ませながら、笑顔で答えた。
恐らくこれから、柱達には辛い闘いが待っている。これがお館様からの、最後の贈り物なのだろう。最後の時まで、自分達のこと考えてくれる。そんなお館様のお気持ちに、心が震えた。
そんな陽華の横から、徳利を手にした天元が顔を出した。
「悲鳴嶼の旦那、そんな真面目な顔をしてねぇーで、楽しく飲もうぜ?」
「ばかもん、俺は僧だぞ!」
「元…だろ?今は鬼殺隊、岩柱・悲鳴嶼行冥だ。そんな固いこと言うなよ。それに今夜は、無礼講なんだろう?」
「フ…、そうだな。今夜だけだぞ。」
行冥は優しく笑うと、天元に杯を差し出した。そのやりとりに、陽華はほっこりとなって微笑むと、天元の隣から顔を出した。
「次は私のお酌で、飲んでくださいね?」
「わかった。今日は悪酔いしそうだな。」
行冥はそう微笑んで、酒を飲み干した。