第3章 帰郷
山に入った陽華は、深い霧の中をスタスタと歩いていた。昼間なのに霧のせいか、暗く淀んで見える。けど、何度も通った場所、間違えることなく進んでいく。
突然、広く開けた場所に出た。奥の方に大きな丸い岩がぽつんとある。
久々に来た。三人の思い出の修行場。ここで修行に明け暮れた。辛い修行に耐え、三人で励まし合い、合間に鱗滝が作ってくれたおにぎりを、夢中で頬張りながら、夢を語らった。
錆兎の遺体は鬼に喰われてなかったけど、鱗滝さんに頼んで、この場所の裏手に錆兎の墓を設けて貰った。
その場所に付くと、墓石代わりの岩の前に何か置いてあった。
小さな一本の花だった。
「…義勇、来てたんだ。」
鱗滝は義勇の話しをしていなかった。とすると、義勇は近くまで来たのに師匠に挨拶もしなかったのか。
「…薄情な男だな。」
そう呟きながら、その岩の前にペタりと座り込むと、自分も摘んできた花を手向けた。
しばらくの間、合掌する。そして目を開けると、じーっと岩を見つめた。
「錆兎。私ね、義勇と両想いになれたよ。報告が遅くてごめんね。いつも相談に乗っててくれたのに。」
そう呟くと、切ない笑顔を浮かべた。
「…でもね。そう思ってるの、私だけだったみたい。」
陽華は悲しそうに俯くと、ふーっと息を吐いた。
「…たぶんね。義勇と私の間に、もや~っと霧のように漂って、邪魔してる人がいるんだよね。」
そう言って、恨めしそうに墓石を両手で掴むと、
「さび~と~!あんたよ~!」
と、岩をぐらぐらと揺らした。
しかし、すぐに岩を抱えるように、ギュッと抱きつくと、小さく呟いた。
「もう!そろそろ私に義勇を渡してよ。」
冷たい岩を頬に感じながら、目を閉じた。
ふと、カサッと物音がして、陽華が目を開けると、修行場の方に消えていく、白い影が見えた。
錆兎の羽織…。
「錆兎!!」
白い影が、行った方向に走り出した。
修行場に戻ると白い影の気配はなかった。その代わり、先ほどまで誰もいなかった修行場に、真剣を一生懸命に素振りする少年の姿があった。
陽華の存在に気づくと、少年は素振りを辞めて、ペコリとお辞儀をした。
「あなたは…。」