第5章 触れ、生じたのは
「殿下がご無事でよかったです」
努めて明るくそう言えば、ラジの顔は曇った。
予想外の反応にサラは戸惑う。
「殿下……?」
「__お前は、私が王太子だから助けたのか?」
「え……」
「側近でなければ、そんな怪我をせずに済んだのか」
__それに護衛!第一王子である私の側近ならば護衛も完璧にできなくてはな!
__分かりました
始まりの日のやり取りが脳裏に蘇る。
問いは静かに、そして苦悩の色を残し。
あぁ、もしかしてずっと後悔していたのだろうかとサラの心は痛んだ。
「でん__」
殿下、と呼び掛けようとして止める。
それでは彼の心に届かない気がした。
足を床につけ、ゆっくりと立ち上がる。
ふらつきながらもラジの前に立ち、いつかのようにそっとその手を取った。
「___ラジ」
ぴくりと手が震える。
その場にいるのを、生きているのを確かめるように、細かく震える手が力強く握り返してきた。
「きっと、私が制服じゃなくドレスを着ていても、同じことをしたよ」
側近候補としてでなく、伯爵令嬢としてその場にいたのだとしても。
きっとサラは同じように駆けその身を守ろうとしただろう。
生まれとか、自分の役割とか、そういうの全部頭からすっぽりと抜けていて。
ただ、彼を助けなければと。それだけで。
「ラジが、無事でよかった」
想いが届くよう、じっとその深碧の瞳を見つめる。
タンバルンの深い森をそのまま写し取ったような瞳が僅かに揺らぎ、次の瞬間には引き寄せられ強く抱きしめられた。
「それはこちらのセリフだ……」
無事でよかった、と震える声がサラの耳を掠める。
大丈夫だと安心させるようにサラは軽くその背を叩き、そして。
「殿下……ちょっともうきついです」
苦し気にそう言い逆にラジへと縋りついた。
今までの雰囲気もすべてが吹き飛びぎょっとラジが身体を放す。