第4章 曇天に差し込む光
「今度合奏でもしてみるか?」
「ご冗談を。お耳汚しになるだけです」
「楽器が駄目ならば声楽はどうだ?歌くらいならできるだろう」
「”くらい”と言えるのは出来る方だけですよ、殿下」
「いや、お前仮にも伯爵令嬢だろう…」
あまりの拒否っぷりにラジも呆れる。
令嬢として芸術は嗜みの一つだ。貴族であるならば楽器は最低一つと声楽の基礎訓練をある程度受けるのが常識である。
が、それで身につくかは別問題だ。
「あ、遠乗りなら得意ですよ。今度ご一緒にいかがですか」
「お前それは令嬢としてどうなんだ」
「個性を伸ばすのがユーフェリア家の特色でして」
「寛大な両親だな」
テンポよくやり取りをしていれば部屋の隅で誰かが噴き出す。
視線を向ければサカキが顔を背けていた。その肩は震えている。
「し、失礼しました!サカキ様がいらっしゃったとは存ぜず」
「いえ、お気になさらず」
恥ずかしいやり取りを見られてしまった。
この前の一件以来どうもラジとの距離感を測り間違えている気がする。
外では気を付けなければ、とサラは気を引き締め直した。
「こちら所望していた文献です。要所に付箋を付けてありますので、忙しければそこだけでも一読されるとよろしいかと」
「あぁ、助かる」
「では午後のお茶の支度をして参ります」
気恥ずかしさを振り払うように早口にそう告げ、一礼しサラは部屋を出ていった。
去るサラをラジは黙って見送る。
「……そろそろやめたらどうだ」
「失礼しました」
ラジの言葉にサカキは直立へと戻る。先程まで噴き出し笑っていたとは思えない変わり身の早さだ。
呆れつつラジはバイオリンをケースへ収める。
____殿下の音は、まるで慈雨のようですね
お世辞ではない、心からの賛辞に胸が温かくなる。
「良き友を得ましたね」
「馬鹿なことを言ってないで、次の予定を教えろ」
「は。次は薬草園の視察で……」
サカキの言葉にラジは肯定せずバイオリンと預かった文献を脇に置く。
サッサと部屋を出ていこうとする小さな主の背中を見送り、サカキもまた後に続き部屋を出た。
ラジは気づかない。
友という言葉を肯定していないものの、否定もまたしていなかったことに。