第3章 近付く距離
屋台では酒の提供が始まっているのか。グラス片手に陽気に歌いだす者までいる。
「暗くなってきちゃいましたね」
「まさか迷子の親を探すのにあれだけ時間がかかるとは思わなかった…」
「あれは申し訳ありませんでした…」
一件を思い出しぐったりと肩を落とす。サラもまさか大通りどころか一区画を隅々まで探し回ることになるとは思っていなかったのだろう。遠い目をしながらも素直に謝罪を述べた。
「どうしたんですか?」
「あぁ、いや」
じっと見つめていた手を下ろす。先程まで迷子の手を握っていた右手はまだほんのりと温もりを持っているかのように感じた。
「__ありがとうと言われたのは久しぶりだと思って」
去り際にまだ涙の残る笑顔で言われた言葉を思い出す。
小さな手がラジの手を握りながら言われたそれは存外くすぐったく、また暖かいもので。
いつからだろうか。
王太子だからとされるのが当たり前になり、誰かのために何かをしようなどと思わなくなったのは。
窓の外を見る。
夕闇に染まろうとしている通りはまだたくさんの人が出歩き、騒いでいた。
「__こうして皆、生きてきたのだな」
当たり前のことだ。当たり前なのに、気付きもしなかった。
自分は今まで何を見ていたのだろう。
馬車越しに見える人々も、城から見下ろす景色も、どこか遠い世界の出来事のように思っていた。
自分は王太子で。いつかこの国をまとめ、民を導いていかなければならない存在で。
そう言い聞かせながら、民とはなにか知ろうともしていなかった。
求めればそれはこんなに近くにあったのに。