第3章 近付く距離
「さて、行きましょうか」
「行くってどこに?」
「まだまだ収穫祭はこれからですよ」
一足先にごみを捨て戻ってきたサラは座ったままのラジに手を伸ばす。
「見て、聞いて、触れて、感じてください。
きっと今のあなたにはそれが必要です」
差し出された手をじっと見つめ、ラジはサラの言葉を反芻する。
何をと問う必要はなかった。
広場へ目をやる。大道芸人は次の演目の準備をしており、続けて見るために残る人々もいれば別のものを見に離れていく人々もいる。
走り回る子どもたち。熱心に露店を覗き込む女性や夫婦。仕事中なのか、同僚と声を掛け合いながら行き過ぎる大人たち。
当たり前に広がる、人々の生活の一片がそこには広がっていた。
「__言っとくが、金はそんなに持ってないぞ」
「もちろん、存じておりますよ」
ふふ、と笑いサラはラジの手を取る。
それに逆らわず、ラジは噴水の縁から立ち上がった。
***
初めて見る市井の様子は新鮮で面白く。
気付けば日は傾き明かりが灯り始めていた。
「アジル、こっちこっち」
サラおすすめの場所という時計塔は高台に建てられた王城には遠く及ばないもののそれなりの高さがあり、さっきまで散策していた王都を広く見下ろすことが出来た。
普段は整備士しか入ることが出来ないのだと得意げに話す様子にラジは思わず青ざめ後ずさった。
「お前、まさか不法侵入じゃ…」
「失礼ですね。ちゃんと整備士さんから許可を頂いています。ほら鍵」
「一応聞くがいったいいつの間に」
「先程飲み物を調達した時に偶然お見かけして」
得意げに話すサラの顔の広さを知り感心すればいいのか、そんな簡単に部外者に鍵を渡してしまう危機管理の低さに呆れればいいのか。
どちらにも決めきれず溜息一つで流し、ラジは窓から覗く街並みを見下ろした。
「ここからだとまた城からとは違った趣があるな」
「城からだと遠すぎて細部はあまり見えませんからね。ここからだと一人一人の顔までよく見えそうでしょう?」
「__確かに、よく見えるな」
時間帯が変わり行き交う人も変わりを見せ、女子どもが少なくなる代わりに仕事終わりであろう者たちがちらちらと増えてきた。