第3章 近付く距離
このように直接店の者と話し、金銭のやり取りをすることなど想像したこともなかったのだ。
まごついていれば背中に温もりを感じた。それがサラの小さな手だと気付き、動揺していた心がすっと冷える。
大丈夫だ、というように軽く背を叩かれ、ラジはもう一度口を開いた。
「…皆と同じ物を二つ、頼む」
「はいよ、中に挟む具材はどうする?」
「ぐ、具材?」
「この中から好きなもん選んでくれ」
示された題目にはずらりと様々な野菜と肉の名前が並ぶ。
どの組み合わせが適当か全くわからないラジは今度こそ途方に暮れた。
「…よけりゃあオレのおすすめにするか?」
「あ、あぁ…それで頼む」
気にするでもなく店員はあいよ、と元気良く返事をし手際よく調理していく。
数分と待つ必要もなくラジの目の前には美味しそうなティーリスが二つ出来上がっていた。
「女房が丹精込めて育てたレタスと今朝つぶしたばかりの上等な牛だ。味は保証するぜ。
ほら、そっちの嬢ちゃんも」
「わぁ、ありがとうございます!」
「代金はこれでいいか?」
「ん…あぁ、ちょうど。まいどあり!」
楽しい収穫祭を!と笑顔で送り出されラジはようやく人心地着いた。
中央広場の噴水脇にあるベンチへ座り重い溜息を吐く。
「あれ、もうお疲れですか?」
「誰のせいだ誰の!」
「まぁまぁ、いい経験できたじゃないですか。あ、これ美味しいですよ」
噛みつくもあっさりと流されサラは手の中のティーリスに齧り付く。幸せそうに頬張る様子に忘れていた空腹を思い出しラジもまた手の中のティーリスに目を落とした。
瑞々しいレタスの間から覗くタレのかかった牛肉と赤いパプリカの色合いが食欲を誘う。しかし。
「食べないんですか?」
「…でかくないか?」
「少しずつ齧るんですよ。あまり周りばかり食べると中身があふれるのでバランスよく」
「そんな高度なことできるか」
「零したって祭りじゃご愛敬ですよ。ほらほら」
促され意を決してラジは一口齧り付いた。途端に口の中にスパイスの風味が広がる。生地は小麦と数種類の穀物を混ぜ合わせたものらしく、パリッと焼かれた表面からは香ばしさを感じさせつつも噛めばもちもちとした食感もあり食べごたえがある。