第3章 近付く距離
そういえば今日からだったかとサカキが話していた予定を思い出す。収穫祭は年に二度、春と秋に数日間に渡り行われる王都でも重要な祭祀行事であり、最終日は王自らが顔見せを行い民を慰労するという。
確かその際王としての立ち振る舞いを学ぶべく同席しろとかなんとか言っていたような。
そこまで考え先程の不快な出来事を思い出し気を重くしているとくいくいと袖を引かれる。何事かと横を見ればサラが心なしか期待するような眼差しでラジを見つめていた。
「アジル、ちょっと買い食いしませんか?」
「買い食い?」
「ほらあれ、近郊の村名物だって。美味しそうじゃありません?」
数軒先の屋台の周りには人だかりがあり、皆同じような物を手に持ち頬張っていた。薄く焼いた生地で肉や野菜を包んだもので、張り紙を見るにティーリスというらしい。
美味しそうに食べる人々の表情と漂ってくる匂いにお茶をし損ねたラジの腹が空腹を訴える。
「じゃあ、お願いします」
「って、私が買うのか?」
「たまには部下を労わるのもいい上司の要素ですよ」
「何が部下だ。私は別にまだお前を側近と認めたわけじゃ…」
「いいからいいから、無くなっちゃいますよ!」
ほぼ無理やり背を押されたたらを踏めばいつの間にか屋台の前に押し出されていた。
文句を言おうとしたが被せるように「いらっしゃい!」と声が掛かりラジは口を閉じる。
期待した目で待つ背後にはじろりと視線を送るだけにとどめ、ラジを待つ店員を見上げた。
「おう坊ちゃん、何にするんだ?」
「あー……」
答えようと口を開けたはいいが続く言葉が出てこない。
思えばこのような屋台で買い物などしたことがない。欲しいものは言わなくても誰かが用意してくれていたし、どうしても必要なものが出たときは全てサカキが手配し用意してくれていた。