第2章 物語の外側
あまり深く考えないようにしていたが、ここは『赤髪の白雪姫』の世界。
その世界に『サラ』などという側近はいなかった。
ならばサラはラジの側近になるべきではない。
最初こそ売り言葉に買い言葉でここまできたものの、冷静に考えればこの状況は至極不味いのではないか。
幸いにも今のサラはまだ試用期間。最終的にラジに『やっぱり嫌だ』と言わせればサラは領地に帰ることになり、物語に影響は出ないだろう。
しかしそれはそれで面白くないと考えている自分がいることをサラは否定できなかった。
そこがややこしいところで。
前世の記憶はさっさと領地に帰るべきだと訴えるも、サラとして生きてきた記憶はこのままでは終われないと強く思っていた。
相反するふたつの感情はどちらも確かにサラにとっての本当で。
両極端な感情を抱え、正直サラは少し疲れていた。
(そもそも私はどっちなんだろう)
『サラとして生まれた前世の誰か』なのか、『前世の記憶を持って生まれたサラ』なのか。
人一人分の記憶はぼんやりとしていても膨大で、サラとして生きてきた十三年などあっという間に覆い潰してしまう。
(遠乗りがしたいな……)
領地の穏やかな風が吹く草原を思い出す。
あの風を感じれば、このもやもやとした腐った心も吹き飛んでいく気がした。
いつもの如く結論の出ない思考に落ち込み始めた気分を無理矢理切りかえ、サラは今日も午後のお茶の用意をするべくテラスへと向かっていた。
本日の菓子は以前ラジが興味を持っていた王都でも人気の焼き菓子だ。
ふとした会話から彼が好みそうな物をピックアップしていくことも側近の大事な仕事だろう。
ぶっきらぼうにしながらも目を輝かせるラジの様子を想像し思わず口元が緩む。
テラスももうすぐという曲がり角にさしかかれば前方から何やら話し声が聞こえた。
それだけならば特に気にすることも無い。しかしサラは聞こえてきた内容に足を止めた。