第9章 月に願いを・・・
「僕は、単に疑ってるんです。」
そういって笑う年下の男は少し大人びて見えた。
「疑う?」
「愛だの恋だの言っていても、相手の服の下にはナイフを隠し持ってるかもしれない。」
「ずいぶんと恐ろしいね」
「歴史上でも、事実こういう感情が一番面倒なんですよ。だから、相手に求めたり求められたりして初めて成り立つものなんて、持ちたくないんです。」
「相手が信じられない?」
「信じる信じないよりもっと前の次元の話です。」
ロックグラスの氷がカランといい音を立てた。
「俺はさ、信じられないんだ。」
「相手をですか?」
「『運命』を。でしょ。」
振り返るとリカさんが立っていた。
あたりを見渡すと店には俺たち以外誰もいない。
「もう!!いい男がなに暗い酒のんでんのよ!!さっさと片付けして飲みに行くわよ!!!レッツゴーオカマバー!!!」
・・・・。
「じゃあ、俺この辺で・・・」
がしっ!と首元を掴まれた。
「ハル、あんたも行くわよ!」
そう。
信じられないのは『運命』なのかもしれない。
言葉にすると馬鹿げているけれど。
母親を初めとして、
俺の大切にしたいものは壊れていった。
それはまるで触れると割れるガラスのように、
粉々になって。
時にはシャボン玉のように、
目を離した隙に消えてなくなっていた。
俺の思い過ごしかもしれない。
だとしても。
あの日、
もう二度とトクベツな存在は作らないと決めた。
―――酔いのまわった頭の中で声がする。
『セイにしか、しあわせにできないひと』
そんなヒトは、いない。
頭の中の映像をそのまま黒い闇の中に放り込んだ。