第16章 過去
「ん?炭治郎、なんかちょっと身体つき変わった?」
「そうかな。今、全集中の常中が出来るように訓練してるんだ。」
「なる程。だからだね。筋肉量も増えたなぁ。」
勇姫は炭治郎の側に寄って、「いいなぁ」と言って腕を触る。
ドキンと心臓が跳ね上がる。
この距離感の近さがたまに拷問のように思える。無意識だからたちが悪い。
「炭治郎が強くなるのは、私も嬉しい。訓練頑張ってね。応援してるよ。」
「ありがとう。」
「じゃあ今日は、もう休んでね。明日も訓練だから早くに帰るでしょ。」
「ああ。」
「おやすみなさい。」
「…おやすみ。」
勇姫は部屋を出ていった。
炭治郎は畳まれていた布団を広げ、寝る準備を始める。
久しぶりに会えたことや仲直り出来たことが、堪らなく嬉しい。触れられた腕が、とんでもなく熱くなっているのがわかる。ここへ来る前までとの心境の違いに、自分で自分を笑ってしまう程だ。
「まずいな…」布団の中に入りながら、呟く炭治郎。
勇姫への想いが抑えられなくなってきてる。先程も、抱きしめてしまいそうだった。
想いを伝えるつもりはない、と思いつつ、限界かもしれない、とも思う。
炭治郎は赤い顔を隠すように布団を頭から被った。
翌朝、炭治郎が部屋で帰宅の準備をしていると「竈門くん、いいか?」と声がかかる。
返事をすると大善が入ってきた。
「これが、例の書だ。昨日渡せなくて悪い。昨日渡すと君は徹夜で読むと思ったのでな。」
大善は笑って本を差し出した。
「貸してやる。持っていけ。」
「え!持ち出していいのですか!」
「本来は駄目だが、君も忙しいだろう。ここへ通って読むというのも大変だ。千愛にも許可はとってある。よく読んでおいてくれ。」
「…ありがとうございます。責任を持って、しっかり管理します。」
家宝であるかのように本を丁重に扱う炭治郎を見て、まあそれは写しだから最悪無くしても問題はない、という言葉を大善は使わなかった。勇姫同様、ちょっぴり意地悪なのは家系なのか。
「竈門くん。」
「はい。」
「またいつでもここへ来るといい。」
「ありがとうございます。」
勇姫の過去を心に刻み、巽家の本を懐に入れ、炭治郎は榊家を後にした。