第16章 過去
いずれ勇姫と共にやる事になるかもしれない、信頼の呼吸。勇姫の生存率があがるのなら、どんな情報でも知っておきたい。
炭治郎は男性を真っ直ぐに見た。
「…俺は、榊 大善(さかき だいぜん)という。巽家とは遠縁だが、信頼の呼吸は使えない。そもそも俺は鬼殺隊とは何の関係もないからな。俺が信頼の呼吸を知ったのは、嫁の千愛(ちえ)が持っていた書だ。」
大善は「後で実物を見せてやる」と付け加え、
「だからあまり詳しくは俺もわからないが、それでもいいか?」と炭治郎に聞いた。
「はい。どんな些細な事でも、俺は知りたいです。教えてください。」
と頭を下げる炭治郎。
真面目な奴だなぁ、と大善は少し笑う。
「じゃあ、そうだな。まずは少し昔話をしようか…。愉快な話では、ないがな。
揺ぎない信頼の為には相手のことを識るのも大切だ。」
大善の雰囲気が少し優しくなった。
「勇姫がこの家に来たのは、あの子が十くらいの時だ。家族を鬼に殺されて身寄りがなくなり、うちで預かることになった。
その日から暫く、あの子は殆ど何も食べず、一日中泣き、一言も喋らなかった。俺たちも何も出来なかった。千愛ですら殆ど近付けなかった。」
大善は思い出しながらゆっくり話す。
「このまま死んでしまうのではないかと心配したが、勇姫を救ったのは剣術だった。
俺は道場の師範でな、ある日勇姫は稽古を見たいと言ったんだ。あの事件以来初めて口を開いたのがそれだ。
道場の隅で勇姫は食い入るように稽古を見ていた。ずっと死んでいた目が、生き返ったようだった。
一週間、稽古見学をした勇姫は、次の週には見た型を全てやってみせたよ。」
「えっ…、そんなまさか。」
驚く炭治郎。
「…ああ。俺も、弟子たちもぶったまげたよ。この子には才がある、と思った。」
だがな、と大善は続ける。
「あいつの剣には、危うさがあった。自分の命のことをまるで考えていない。防御はしない、攻撃ばかり。相手を倒しさえすればいい、と言わんばかりの剣だった。
俺がそれを指摘すると、自分は家族の仇討ちの為に生きてる、仇討ちが出来れば自分の命などどうでもいいと言って聞かなかった。」
大善は苦笑いを浮かべた。
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すみません、もう少し過去トークにお付き合いください。