第9章 この気持ちの名前
一人で昼餉を食べ、緩やかな昼下りを過ごす。
勇姫は縁側で日輪刀の手入れをしていた。
すると廊下から部屋に「勇姫、居るか?」と声がかかった。
勇姫は「縁側に居るよー」と少し声を張って答えると、炭治郎は廊下を通って縁側に回ってきた。
勇姫の側に座ると、「…あれ?」と炭治郎は首をかしげた。「…何か匂いが変わった気がする」と不思議そうにする炭治郎。
「…ん?あぁ、お守りの匂いかな。
胡蝶様に新しく頂いた塗香なんだけど、少し配合が変わったの。流石炭治郎。」
微細な違いを嗅ぎ分ける炭治郎に、素直に驚嘆する勇姫。
「そうか、なる程」と炭治郎は納得し、そして沈黙。
勇姫も何も聞かずに日輪刀の手入れを続けた。
部屋にかけられた声に少し緊張が混じっていたから、何か話したい事があるんだろうなと勇姫は思ったが、炭治郎が話し出すのを待った。
暫しの静寂。
勇姫が刀の反りを確認するように日輪刀を空に掲げた時、「さっき…」と炭治郎が話し始めた。
「ちゃんとお礼が言えなかった。
手合わせしてくれて、ありがとう。」
真面目か。
心の中で勇姫が呟く。
「こっちこそ。久々に誰かと手合わせ出来て楽しかったよ。」
勇姫がにこりと笑う。
「でも、俺たちの鍛錬にはなっても、勇姫の鍛錬にはならない。」
しょぼんとする炭治郎。
「そんなことないよ。ちゃんと私の鍛錬にもなってる。
人と対峙して手合わせすれば、必ずどちらも得るものがある。師匠が言ってた。」
「勇姫の育手は凄い人なんだろうな。」
「うん。めっちゃ厳しかったけどね。大好き。」
勇姫の「大好き」という言葉に、炭治郎は胸が熱くなる。
「炭治郎の育手も、凄い人だったんでしょ。」
「…あ、ああ。強くて優しい人だった。」
「ふふ。きっとその人が炭治郎の強さの根本になってるんだね。
師匠に言われた事を思い出してみるといいよ。前に気付けなかったことが、今なら解るってこともあるし。」
「なる程。」
炭治郎は、鱗滝さんの天狗の顔を思い浮かべた。
今日の炭治郎は「なる程人間」だな。
――また少しの沈黙。
話はそれだけなのかな、と勇姫が炭治郎に顔を向けると、こちらを見ていた炭治郎と目が合った。