第9章 この気持ちの名前
お湯を捨てて空になった湯桶も返却し、洗濯の御礼も伝え、勇姫は入り口に置かれた膳を室内に運び入れた。
部屋に置いた昼餉の前に座り、むむむと考え込む。
…今日の昼はどうするのだろうか。
共に食べるのだろうか、と。
先程の鍛錬で、炭治郎と伊之助をボコボコにしてしまった。
恐らく炭治郎は相当凹み、伊之助は拗ね、善逸はそんな二人をどうしたものかと困っているだろう。
いつもなら「一緒に食べよう」と炭治郎か善逸が来て膳を男子部屋まで運んでくれるのだが、
…まだ来ない。
こりゃあ今日は別々かな。
少しやりすぎたか、と反省する勇姫。
先に食べるかな、と思うも、
なかなか手が膳に伸びない。
…
………
……………………………。
よし、男子部屋の様子を見に行こう。
勇姫はすっと立ち上がり、部屋を出た。
もしどん底まで落ち込んでたら謝るか、と考えながら廊下を歩いた。
気配を消して、男子部屋に近づく。
匂いや音で気付かれない距離でそっと佇む。
お通夜みたいな状況を予想していたが、部屋の中からは思いの外溌剌とした声が聞こえる。
「だからさ、やっぱりあの速さだよな。あれを止めねぇと。」
「そうだな。まず、目で追えないんだ。」
「力なら俺たちの方が絶対につえぇだろ。あんなほっせー腕なんだからよ。」
「だから、その力も当たんねぇから意味ねぇんだろ。」
どうやら作戦会議をしているようだ。
…やるじゃん、と勇姫の口元に笑みが浮かぶ。
「…たしかに、どんなに力こめて蹴ってもあたらねーんだよ。綿みてーにふわふわよけやがる。」
「どんなに力が強くても、当たらなければ意味がない…か。
あ、でも勇姫、善逸なら当てられるかもって言ってたな。」
「…俺には無理だよ。」
「いや、勇姫が言うことには全部意味がある。鍛錬中、ずっとそうだった。
何か、手がかりがあるのかも。」
勇姫は黙って元来た道を引き返した。
―――私の居ない所で、しっかり考えな。
そう思いながら。
嬉しそうな笑顔を浮かべて。