第6章 内緒
これはやばい…
青ざめる勇姫。
息を整えながら、キョロキョロと周りを見る。
太陽の位置なんてものを確認してみるも、そんなんで自分の位置が解るようならそもそも迷わない。
一度戻るか、と山を振り返るが、同じ道を辿って元の場所に帰るなんてことが出来るとも思えない。
……繰り返すが、そんなことが出来るようならそもそも迷わない。
はぁー…と深い溜め息をつき、空に向って「やへえー…」と声をかけた。
道の脇にあった岩に力無く腰掛け、しょんぼりと俯いていると、暫くの後にバサバサと一羽の鴉が飛んできた。
夜平(やへい)と呼ばれている鴉は勇姫の前に降り立ち、三白眼でじっと勇姫を睨んでいる。
首には勇姫の結紐と同じ物が緩めに巻かれている。
勇姫は「ゴ、ゴメンナサイ…迷イマシタ…」と小さな声で言った。
夜平はその口をパカッと開くと
「お前は馬鹿かー!」と叫んだ。
ひぃ!めっちゃ怒ってるぅ!とビビる勇姫。
「一人で遠出するなと何回言ったらわかるんだ!
毎回必ず!例外なく迷子になるだろう!
昔、街へ買い物に行って自宅に帰れなくなったこともあったんだろう!しかもあろうことか二年も住んでた家に、だ!これは異常なことなんだよ!
土地勘ってのが全く無いんだお前には!」
夜平の連続波状攻撃に、はい、はい、おっしゃる通りで、と、ぺこぺこしながら相槌を繰り返す。
説教がやや落ち着いた頃、
「今回は、行けると思ったの…」
と勇姫が告げる。
すると夜平は、
「それはもう百回以上聞いたー!!!」
と今日一番大きな声で叫んだ。
「…蝶屋敷だな。」
言いたい放題言って気が済んだ夜平は、ふわりと羽を広げた。
「うん。走りたいから山道でお願い。」
勇姫はトントンと足で地面を突き、ぐっぐっと腕の筋を伸ばしてそう言った。
夜平は、バサバサと音を立てて上空に浮かび上がると、凄まじい速さで空を飛び始めた。
勇姫もひゅぅっと呼吸して、夜平に付いて走り出す。
二人は勇姫が来た方とはまるで違う方向へ、高速走行し始めたのであった。
勇姫にとって、鬼殺隊からの最大の恩恵は、鎹鴉を付けてもらったことであろう。
夜平が居なければ、恐らく勇姫は仕事の場所に辿り着けない…