第5章 黄色いのと猪と
猪の頭がぬうっと視界に現れた。
瞬間、敵意を感じた。
「お前!俺と戦え!!!」
猪がそう叫び、勇姫にぐぐっと頭を近付けた。
炭治郎と善逸が「おい、伊之助!」と焦ったように声をかける。
そんな中、勇姫は静かに声を発した。
何時もより低い、感情のわからない声で。
「何のために、ですか。」
それは、炭治郎も聞いたことのない声だった。
空気がピリついた。
「ああん?」
猪が怒ったように言う。
「何のために、戦うのですか。理由は。」
勇姫は真っ直ぐに猪を見つめ、突き刺すように問う。
「何のためって、…力比べだ!俺は、つえぇ奴と力比べして勝つんだ!
理由はそれだけだ。戦え!」
「力比べ…その理由では、私は戦いません。」
「何でだよ!!」
「力を比べてなんとするのですか。勝利し、その先に何かあるのですか。
鍛錬ならば、それは自分の命を守るための戦いです。
力比べ、とやらで自己満足を得たいのならば、他を当たってください。」
それに、と前置きして勇姫は、
「貴方では、私に勝てません。」
と言い切った。
勿論、猪はムッキー!という効果音と共にブチ切れた。
「なんだとこの、ちょんまげ野郎!」
ちょんまげ野郎…?
炭治郎、善逸の頭に疑問符が浮かんだが、とても口を挟める状況ではなかった。
「そんなの!やってみなきゃわかんねぇだ、」
「わかります。」
猪が喋り終わる前に勇姫が遮った。
「わかります。それがわからないのなら、やはり貴方は私に勝てません。絶対に。」
猪がどれだけ殺気を飛ばしても、勇姫は全く動じない。
背筋を伸ばして凛としている。
「勝てない相手でも、挑む。それは時に必要な事です。でも、今ではない。
私と貴方。どちらが傷付いても皆が心配するだけです。」
まぁ、私が傷付けられることはありませんが、
と言う言葉は飲み込んだ。
上出来だ。
猪からの殺気が少し薄れ、勇姫の声も柔らかくなった気がする。
猪は叫ぶことはなくなったが、プルプルと小刻みに震え、
「俺に、説教すんじゃねぇ!この…吊り目女!」
と言い、スパァンと障子を開けて部屋を出ていってしまった。
勇姫は、頭を押さえてうつむいた。
……やってしまった。