第4章 緩やかな時間
勇姫が手習いしていた道具を、炭治郎と二人で片付ける。
真っ黒になるまで練習された多数の紙。
一体何時から、どれだけの時間、勇姫は文机に向かっていたのだろう。
手文庫に練習紙をしまいながら炭治郎が口を開いた。
「なぁ、勇姫…」
「ん?何?」
片付ける手は止めずに、勇姫が応える。
「手紙、とかさ。
どうしても字を書かなきゃいけない時は、俺が代筆するぞ。
だから、あんまり無理しないでくれ。」
炭治郎の方へ顔を向けると、紙を手文庫に入れ終わった炭治郎が勇姫を見ていた。
心配そうな表情を顔に浮かべて、「勿論、勇姫みたいな綺麗な字は書けないけど。」と付け加えた。
筆と墨を片付けながら、勇姫は
「ありがとう、炭治郎。」
と、微笑んだ。
炭治郎からの善意は単純に嬉しく思う。
でもね、と勇姫は言葉を続けた。
「私はね、左でも書けるようになりたいの。
腕の一、二本すぐに吹っ飛ぶような仕事してるでしょ、私たち。
どっちでも書けたら便利じゃない。
普段使わない筋肉を使うことで、剣術にもいい影響出るかもしれないし。
それに、出来ないことが出来るようになるのって、すっごく胸踊るの!
だからね、自分で頑張りたいの。」
目を輝かせて話す勇姫。
どこまでも頑張り屋さんな勇姫。
「私、頑張ることしか出来ないし。」
勇姫がそう続けると、「俺も、そうだ。」と炭治郎が首肯き、
「わかった。
でも勇姫、無理はするなよ。」
と長男節を見せた。
「はぁい。
あ、でも、もしどうしても困った時は、お言葉に甘えて代筆お願いするね。
弟さんよりは巧いんでしょ?炭治郎。」
少しからかうように勇姫が炭治郎にそう言うと、炭治郎の動きが一瞬止まった。
勇姫からやや目を逸らして「そうだな。」と言った。
口元には笑みがあったが、炭治郎に射す陰りを見て、勇姫は瞬時に理解をした。
……そっか。炭治郎も、家族を失ったのか。
鬼殺隊士は殆どが、そうだ。
大切な人を鬼に奪われている。
炭治郎は手文庫の蓋を持ち、己の気持ちもそこに封印するかのように蓋を閉めた。