第4章 緩やかな時間
炭治郎は勇姫の後ろにある文机を見た。
「ん?手紙を書いていたのか?」
部屋に漂う墨の匂い。
「いや、手紙じゃないんだけど…。
あ、片付けるからちょっと待ってて。」
「俺も手伝うよ。」
え、いいよ、と勇姫は断ったが、
いいから、と言って炭治郎は部屋に入ってきた。
許可なく女子の部屋に入室できるあたりも、恋愛偏差値最下層のなせる技である。
文机に置かれた紙の山。
そこにびっしりと書かれた字は、ミミズの這うような、ひょろひょろの、相当頑張って推理すれば読める…かな?
というくらいのものだった。
紙を手に取り、沈黙する炭治郎。
ある程度歳を重ねた女性が書くものしては相当異質なその字を見ながら、必死に言葉を探しているようだった。
ここで、勇姫の悪戯心がむくむくと顔を出した。
――炭治郎、何て言うんだろう。
優しい炭治郎だから「何だこのくっそ下手な字」など相手を傷つける言葉は言わないだろう。
彼女は敢えて助け舟を出さずに、炭治郎の言葉を待った。
明らかに困っている炭治郎。
勇姫は必死に笑いを堪える。
勝手に入ってきたのも、勝手にこれ見たのも、炭治郎なんだからね、と思いながら。
「…えっと、、、あれだな。」
ようやく炭治郎は紙を握りしめたまま言葉を発した。
「俺の弟の字、よりはちゃんと書けてるぞ!大丈夫だ!」
ここで勇姫の笑いが限界点を超えた。
「ぷっ……あはははは!
お気遣いありがとう、炭治郎。」
急に笑い出す勇姫に、ポカンとする炭治郎。
炭治郎の手から紙を受け取り、
「今ね、左手で練習中なの。右手がまだ使えないから。
いやぁ、へったくそだよね。本当酷いねこれ。
下手くそって言ってくれて良かったのに。」
自分の字を見ながら、また笑った。
「なんだ、そうだったのか…」
ほーっと息を吐き出し、安堵の表情を浮かべる炭治郎。
「ほら」
勇姫は手文庫から違う紙を取り出して炭治郎に渡した。
そこには極めて流麗な字で、道場の教えみたいなものが書かれていた。
「勇姫、字、凄く巧いんだな…」
勇姫は悪戯っぽい笑みを浮かべて「うん!」と答えた。
からかわれた事に気が付いた炭治郎は少し拗ねていた。