第48章 開幕のベルを鳴らせ
「どこへ連れて行くの」
「君の家だよ。心配しないで。ディアナとは利害が一致しただけの付き合いだけど彼女は君を害するつもりだからそろそろご退場いただくよ」
ディートは甘く微笑むが言っていることは不穏でしかない。
もう一度、どこへと訊ねても困った顔で答えない。
クルトからディートはあれから人脈、資金、権力を広げて今では若く成功した貴公子として社交界でも引っ張りだこと聞いた。その彼は一体何を考えているのか。……何をしようとしているのか。
※※※
段々と道を照らす光が少なくなってシーナの街を外れつつあるのがわかる。躊躇いはしなかった。ディートの首筋にドレスのすねに隠し持っていたナイフを突きつける。
「随分と物騒な真似をするようになったね」
「死にたくないなら解放して」
張り詰めた空気の中、ディートは声を出して笑う。
「本当に可愛いことをするね、予想外だ」
脅しではないと少し力を入れる。薄皮が切れて一筋の血が流れる。
「ここで僕をどうこうしてその後はどうするつもりかな。君が調査兵団にいるのはディアナも知ってる。もう戻れない。わかってるでしょ」
わかってる。私という存在は調査兵団にとってお荷物どころか厄災にしかならない。切り捨てる、それが正しい。
「僕ならディアナからも君を守れる。そのためには手段を問わない。もちろん調査兵団に渡すつもりもないけど安全は保証する」
ナイフにも動じずディートは続ける。
「ティアナ、選択肢なんてない。無駄だよ」
ズキズキと頭が痛むのはディートが正しいと理解しているから。でもコーネリアス様でもディアナは止められなかった。あれ以上、関わればフェルンバッハ家だって無傷ではいられなかった。
「今の僕はあの頃と違う、父上は良くも悪くも善人だ。そして君は自分のせいで誰かが傷つくことも不幸になるのも耐えられなかった。戦わず、逃げた」
「ナイフ突きつけられてるのに余裕なのね。本当にディートなの」
「嫌だな、正真正銘の本人だよ。ただ少しだけ立ち回りが上手くなっただけで変わらない」
コンコン。馬車の外から合図がする。ディートは返事をしない。
「ディートリッヒ様」
「今、降りるから下がって」
外の従者にそう命じると気配が遠ざかる。
「ここでは満足に話せやしない。降りようか」