第8章 楽園の果実
「……どこに行くんだい?」
歩き続ける常守を征陸が追いかけて尋ねた。
「局長を通して抗議します!」
彼女は先ほどの怒りが収まらないのか、常守は局長執務室へ向かうようだ。そんな常守に「やめておいてくれないかなぁお嬢ちゃん」と、征陸。「でもっ」と物言いする常守の右肩をぽんっと叩いた征陸は数歩前へ歩いて立ち止まる。常守は、ため息をついた。
「……宜野座監視官はな、父親が潜在犯なんだ」
ガコン、と自動販売機から缶コーヒーを買う征陸はそう言った。
「えっ?」
「……あいつの子供時代ってのは、まだシビュラ判定が実用化されて間もない頃でな。世間では、潜在犯に対する過剰な誤解やデマが横行していた。親兄弟から犯罪係数が計測されたというだけで、その家族までもが同類の扱いを受けた」
プルタブを開けてコーヒーを一口飲んだ征陸は話を続ける。
「……さぞや辛い思いをしたことだろうさ。刑事が捜査に深くのめり込み犯人に対する理解を深めていけば、結局はシビュラシステムから犯罪者の同類としてマークされるようになる。犯す側も、取り締まる側も、同じ犯罪という現象に直面していることに違いはない。今みたいに、執行官なんて役職が出来る前には、そうやって潜在犯と診断された刑事が大勢いた。……宜野座監視官の父親もその一人だ」
「……そうだったんですか……」
座りながら言う常守の声はか細い。
「だからあいつは、自ら進んで危険を冒す奴を許せない。なのに同僚だった狡噛も……」
「えぇ……知ってます……」
「父親と相棒と……きっとあいつには二度も裏切られたという思いがあるんだ。だからお嬢ちゃんに対する態度もあんな風になっちまう」
「でも、だからって……」
「間違っちゃいないさ。……お嬢ちゃん、あんたにだって家族や友達はいるんだろう?」
左腕の義手でコーヒーを再び口にする征陸。
「あんたのPSYCHO-PASSが曇ったら、今度はその人たちが伸元と同じ苦しみを背負うことになる」
と、征陸は長ソファーに腰をかけた。
「……狡噛さんも、そんな風に思ってるんでしょうか……?」
常守の問いに「以前はな」と答えた征陸はこう言う。
「だが今は———、例のマキシマって奴のこと以外、目に入らなくなっちまってるのかもしれん」
そんな狡噛は、執務室でピンボケしたマキシマの写真の解像度を上げるのに試みていた。
